次男とは結婚いたしません

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 次に意識が戻った時、視界に飛び込んできたのは見覚えのない白い天井だった。  身体を起こそうとして、腕に点滴の針が刺さっていることに気付く。 「ここは、どこ?」  マンションの一室といった雰囲気の部屋だった。キングサイズのベッドが中央に置かれているだけのシンプルな寝室。一般家庭というにはあまりにも物が少なくて生活感がない。ブラインドの隙間からうっすら光が漏れているが、果たして朝なのか昼なのか、それとも街灯の明かりなのか見当がつかない。  ノックの音が聞こえて、警戒しながらも 「はい」 と返事する。 「失礼します」  入ってきたのは見知らぬ女だった。 「お目覚めですか?お加減はいかがですか?」  キレイに巻かれた長い髪に、豊満な胸を強調するピッタリしたニットを着こなす女は、テキパキと点滴を確認し、次いで梨々花の体温や血圧を測定する。 「あの、ここはどこ、ですか?」  悪い予感が正しければ、たぶん華乃家の関連施設だろう。もしかしたらどこかの病院の特別室なのかもしれない。 「うん、バイタルは異常なさそう。それにおしゃべりもできて、意識もしっかり戻ったみたいね」 「あ、あの、あなたは?」 「何も心配しなくていいのよ。ここは安全だから」  女は梨々花の手をそっと撫でる。  優しい微笑みを向けられると、なんだか涙が出そうになる。今まで一人で奮闘してきたけど、本当は限界だったのかもしれない。 「大丈夫よ。あなたも、お腹の子もちゃんと無事。でも切迫流産気味だと思うからしばらく安静にしなくちゃね」  やっぱりバレてる…。  この人が華乃家の者だったら、赤ん坊を取られてしまう。  梨々花は「お腹の子」のワードで反射的に上半身を起こした。 「あの、もう大丈夫です。家に帰してください」 「あらら。話を聞いてなかったのかしら。しばらくは絶対安静だってば」  女の顔に見覚えはなかった。華乃家の従業員でもなさそうだ。梨々花は僅かな可能性に賭けることにした。 「お願い、助けて。私無理矢理連れてこられたの。このままだと赤ん坊取られちゃう…」  女は一瞬驚いたような顔をした。  そしておもむろに梨々花に近づいてきたかと思ったら、 「アハハハッ」  何が可笑しいのか大声で笑いながら梨々花をベッドに押し倒した。見下ろす顔は先程までと全く別の表情をしている。 「あんた、あのボンボンの色じゃねぇんだ?」 「え?え??」 「てっきりあいつが手ぇ出しちゃまずい女を孕ませたのかと思ってた」  急にガラ悪っっ…。  真紅の紅を引いた厚めの唇に不敵な笑みを浮かべ、女は細い指で梨々花の顎のラインをなぞった。 「フフフ、面白くなってきたね」  こっちは全然面白くない。  女の指をそっと避けながら梨々花は尋ねた。 「あの、ボンボンって黒い服着たイケ…男のこと?あいつって、もしかして華乃家の次男?」 「あいにく、あたしの雇い主はあんたじゃなくてあっちのお方なんだ。健康管理は頼まれたけど、レクチャーしろとは言われてねぇ」 「私困ってるんですけど。もしかして人道よりもお給料が大事と?」 「ハハハっ、綺麗事で飯は食えねぇだろ」  この人、絶対若い頃レディース暴走族で頭張ってたとかいう口だ。特攻服が目に見えるようだ。 「まぁあいつも極悪人じゃないからさ。悪いようにはしねぇよ、たぶんな」  全然安心できないけど。1つ分かったことはある。この女に助けてもらって逃げる、という選択肢は潰れたということだ。
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