2/2
前へ
/7ページ
次へ
 その意外な言葉に、私は失礼な手を振り払うのも失念して彼に振り向いてしまいます。 「ミス・ポーレット。貴女の任務後のお顔をご存知ですか?」 「顔?」 「ええ。貴女は任務中は慈悲深い大天使の仮面を貼り付けていますが、任務を終えると今にも叫び出しそうなお顔をしているのですよ」  続いた言葉に、私の重苦しい胸はギュギュッと締め付けられました。  そして今まさに、叫び出したい衝動に駆られました。  ——こんなことしたくない、もうやめたい。誰かやめさせて!  それはいつも、私が心の内で叫んでいる言葉です。だって私がやっていることは、天使の行いなとではない。  (てい)よく天国へ見送りなどと表現しているけれど、これは悪魔の所業です。  私がやっていることは、人の生命の火を消すことなのですから……! 「ぅ……!」  私は嗚咽が漏れかけた口を手で塞ぎ、今度こそ中尉に背を向けました。  私が取り乱せば、任務内容を否定することになります。  私の心が任務を否定しても、けっして表に出してはなりません。  しかしそのときでした。 「ミス・ポーレット」  肘を強く掴まれたかと思うと、グイッと彼に引き寄せられました。そして腕の中に閉じ込められたのです。  彼は私に驚く隙も与えずに言葉を紡ぎます。 「貴女は大天使なんかじゃない。ひとりのか弱い女性だ。この任務が貴女にどれほどの苦悩を与えていることか、立会役の私にはわかります。どうか貴女の苦しみの半分を、私に持たせてください」  彼の腕の力が強まり、鍛えられた体にしっかりと包まれました。私の顔はその胸の中に(うず)まっています。  失われた生と向き合った直後に感じる体温と確かな鼓動に、私は溜め込んでいた苦しみを吐き出さずにはいられませんでした。 「あああぁぁ!」  私は慟哭を彼の胸にぶつけました。彼の厚い胸はそれを少しも漏らすことなく、すべて受け止めてくれたのでした。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加