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③
その日を境に、私が看取りをするとき、いつもは背後で黙祷するのみだった彼が傍らに立つようになりました。
薬を傷病兵に投与する際には跪き、私の手に大きな手を添えてくれます。
もちろんそれで私の罪の意識が消えることはありません。
けれど戦争が終結を迎えた際には、看取った兵士のご家族に最期の姿を伝えに回ろうと考えつくくらいには、心の整理がつき始めています。
そう彼に伝えると、彼は頷いて柔らかく微笑みました。
やはりまぶしいです。彼の笑みは私にはまぶしすぎます。けれど以前までとは少し違うのです。以前は煩わしく思えど、胸が痛くなるまでには至りませんでした。それなのに今では彼の姿を見かけるだけで心の臓がきつく絞られ、次に早いリズムで拍動するのです。
そして、私とは看取り部屋の中でしか関わりのない彼が、診療所の慰問時に他の看護婦と愉しそうに接している姿を見かければ、途端に胸が鉛のように冷たく重くなるのです。
この症状はなんなのでしょう。とても苦しく、切ないような、泣きたいような気持ちになるので苦手です。やはり私は彼が苦手なのでしょう。
そんな彼は、私とは看取り部屋の中でしか関わりがないと申しましたが、それは彼が任務外の行動をしていると上官に知られてはならないからです。
彼の任務はあくまでも立会であり、死の輔佐ではない。
ですから私たちは、看取り部屋の外では基本的な挨拶以外の会話はおろか、目が合うとこもありません。
ですが私にはありがたいことです。任務後の少しの語らいの間に感じる胸の痛みと動悸が長く続けば、私も病気になってしまいそうですから。
また、私のような陰鬱な女が、彼が軍から支給された珍しいお菓子を頂いていることや、任務の苦悩を慰めていただいていることを他の看護婦に知られれば、不満を口にする者も現れるでしょう。
お菓子や美しい男性の笑みが、時として人の心を波立たせることは知識として知っています。
「……あら?」
私は看護婦たちが一同に就寝する部屋の自分の寝台で、頭を横切った思考に瞼を開きました。思わず漏れた声はごく小さかったので、誰にも聞こえなかったのは幸いです。
けれど胸が激しく拍動し始めました。この音を誰にも聞かれていないでしょうか。
暴れる左胸に手を当てて息をひそめます。そして、横切った思考を手繰り寄せました。
私は……私はキャンベル中尉に心を波立たせられているのでは。
そんな、まさか。
二十八年の人生の中で初めて生まれた思いに私は戸惑い、頬を、胸を熱くしたのでした。
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