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「ありがとう。私は——」
彼が語ったのは、彼の弱さでした。
幼い頃から争いごとが苦手で、小さな諍いにも巻き込まれぬようにと、愛想笑いで流れに身を任せてやり過ごしてきたこと。
だからこそ流れに逆らえず、言われるがままアカデミーで軍事訓練を受けたのち、嫌々ながらも入隊したこと。
しかし出自のおかげですぐに高位の役職に就け、前線に立たずに済むことに安堵していたこと。
「ですから、初めは私とは正反対の貴女が苦手でした。自らの意思で従軍看護婦としてやってきて、愛想のひとつもなくひたすらに看護に当たる貴女を見ていると、自分がひどく中身のない人間に思えました」
「まぁ……」
互いに似たような印象を持っていたとは思わず、私は間の抜けた返事をしました。
彼はきまり悪そうに微笑んで続けます。
「貴女が私を軽蔑の目で見ていることも知っていました」
「ま……! でもそれは」
「ああ、いいのです。今は貴女の瞳にその色がないことはわかっています。もちろん私ももう貴女を苦手ではありません」
ただ彼は、私が大天使と呼ばれる所以の任務に立ち会うようになってからも、しばらくは苦手意識を拭えなかったそうです。
どうしてこのような非人道的な任務を淡々と実行できるのか、と心で責めていた日もあったそうです。
「けれど違うのです。我々軍部はすでに人命を奪っています。そして本来は、直属の部下に対して我々が担うべきことを貴女が代わってくださっているのだと。そう気づいてから、私は戦いのみならず、立会役に真摯に向き合うと決めました」
そして私の苦悩を目にした彼は、私自身とも真摯に向き合いたいと思うようになったと言います。
「あなたは大天使などではなく、か弱きひとりの女性でした。私はそんな貴女の同志でありたいと思ったのです」
そう言いながら、彼は私の片手をそっとすくいあげました。
「しかし誤算が生じました」
「誤算?」
美しい碧眼に真っすぐに見つめられています。
居たたまれない気持ちになり、私はうつむきかけました。ところが彼は、怪我をしている方の手で私の頬に触れて、目をそらすことを許してくれません。
「貴女はか弱いだけではなかった。死で苦悩した分、苦しみあえぐ傷病兵の生を守らんとする強い意志がありました。どれほどの兵士が貴女の看護に救われたことでしょう。私はそんな尊い貴女に憧憬を、そして恋心を抱くようになってしまいました」
その言葉に、頭の中と胸の中が破裂しそうでした。
全身が粟立ち、彼に触れられた頬も、見つめられた瞳も熱くて高熱が出そうです。
「あの……あの……私、私は、私も」
すぐに応えたかった。けれど不慣れな私は声が上ずってしまい、うまく言葉が出ないのです。
「アイラ」
すると彼は、甘いお菓子に蕩けたような声で私の名を呼びました。
目元は柔らかな弧を描いています。けれどどこか泣き出しそうでもあり、私は言葉を詰まらせました。
彼はゆるりと頭を振って、穏やかに言います。
「どうか応えないでください。聞いてしまうと、私は生への執着を捨てられなくなります」
「な、なにをおっしゃって……」
今度は頭を殴られたようでした。
彼はいったいなにを言っているのでしょう。それではまるで、死を覚悟しているようではないですか。
「アイラ。私は任務の話をしているのです」
彼の声はやはり穏やかですが、私はその穏やかさに言い表せない不安を感じ、彼のたくましい腕を握りました。
「近いうちに、私は前線に立ちます。先に旅立った兵士たちに堂々とした姿で会いに行くため、私自らが決めました」
「嫌……嫌です……そんな、なぜ貴方が」
「それは言いっこなしです。貴女ならわかってくださるはずです」
「ああ……セオドア……!」
もうなにも言えることはありませんでした。セオドアは人生を自身で考え抜いて決めたのです
「アイラ。もし私が看取りの部屋に移送されたら、必ず貴女が見送ってください。私は生涯でただひとり愛した人に見つめられながら、天へ向かいたい」
「セオドア……」
そうして私たちは、黒い空が本当の闇色に染まってゆくのに隠れて固く抱き合い、約束を交わしたのでした。
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