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 エルセン大帝国と諸国連合軍との戦争は三年目に突入しました。  近年まれに見る大規模な戦争はあまたの負傷兵を出しており、連合軍に加わった我がミジャール国は従軍看護婦を戦地へと派遣しました。  私、アイラ・ポーレットはその中のひとりです。  私たち看護婦は、悲惨な状況であった後方基地における診療所の衛生状態を改善すると共に傷病兵の看護に当たり、「戦場の天使」と呼ばれるようになっています。  その中にあって、私には「大天使」という呼び名も加えられました。  それは私が特殊な任務を預かっているからに他なりません。  その任務について語る前に、私について少しお話をしておきましょう。  子爵家に生まれた私は父にも母にも似ず、曽祖父と同じ闇のような黒い髪に、曇り空と同じ灰色の瞳を授かって生まれました。  美しい子どもではありませんでした。眉は細く瞼がぽってりとしていて伏し目がち。両親だけではなくきょうだいからも「辛気臭い」「陰鬱だ」という言葉をかけられて育ちました。  そんな私ですから、ごく幼い頃から人様とのお付き合いを苦手とし、友は学問だけでした。  学問は私を卑下しませんし裏切りません。  知ろうとする気持ちに寄り添い、さまざまなことを教えてくれました。女性でも結婚にとらわれずに、持ち()る能力を高めて生きていく方法も。  そうして私は、家族に猛反対を受けましたが看護婦としての人生を選択したのです。  十八歳で看護婦になった私は、水を得た魚のようでした。  傷病者は私の容姿を求めず、私が提供する看護を求めてくださいます。そうすると、自分でも知らず知らず封じ込めていた笑顔も他者との会話も、自然とできるようになったのです。  他の看護婦に比べればいまだ不十分ではあることは否めませんが、看護技術については軍医長官・看護総括長、そして傷病者からお褒めの言葉をいただいており、看護婦十年目を迎えたこの年に、看護副総括長を拝受した私のよすがとなっています。  もちろん戦地での看護は恐ろしい光景に怯えることも、救えない命を前にして無念を感じることもあります。ですがどんな場面においても冷静さを失わず、迅速に動くことを心がける日々────そんなある日、荒野が暗がりに沈んだ頃のことでした。  私は軍医長官の執務室に、ひとりで呼ばれました。 「ポーレット、貴女に看取り役を任命します」  室内には軍医長官と看護総括長もおられて、看護総括長が私にそう告げました。  私はすぐに返事ができませんでした。意味を呑み込めなかったからです。  先にも申しましたとおり、献身的に尽くしても救えない命があります。尽くす前に露と消える命もあります。  私は従軍する前からそんな儚い命たちを幾度も看取ってきました。  看取りは看護の日々の中で当然の役割であり、改めて任命を受けることではないと考えています。  ですが軍医長官にそっと渡された包みを受け取って中身を確認したとき、すべてを理解しました。  中身は銀や鉛が煎じられた薬でした。  私は、助かる見込みはないけれどすぐに逝けずに苦しむ傷病兵を、自らの手で天に送る役割を与えられたのだと。
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