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水野は花卉栽培にも取り組み始める。
稲作に比べて、若い世代が2倍以上いると言われるため、将来性がある分野だった。
香りを放つ花を中心に、若者が手軽に買える商品を開発していった。
家に生花を飾る習慣が徐々に定着し、ポジティブな気持ちにさせる効果が仕事の効率化、ワークライフバランスにも好影響を与えているというデータが話題になる。
成果主義の殺伐としたオフィスでも、アレンジメントが暖かい雰囲気に変え、結果的に売り上げを倍増させたのである。
そして草花と花粉媒介者であるポリネーターを守るSDGsの項目に、シシリイの取り組みが組み込まれて全国的なムーブメントを巻き起こすに至った。
「緑の玉石」をあしらった、輝くアレンジメントに一匹のミツバチが潜り込むのを見て、萌は輝く春の日差しのような、屈託のない笑みを夫の智幸に向けた。
「僕の心の壺には、大きな『緑の玉石』が入っているみたいだね」
「えっ ───」
彼女は目を丸くして、彼の顔をまじまじと見つめた。
「この石が、始まりだったね」
ミツバチは、花粉を足と胸にたくさんつけて、羽音を高く鳴らして飛び立っていく。
「私の壺には、何が入るのかしら」
「人を育て、成長させるビジョンを、僕なりに入れたつもりだけどな」
頭を掻いて、照れくさそうに智幸が笑った。
「違うわ」
彼女は向き直って、真っ直ぐに眉間を射るような視線を向けた。
「あなたは、ミツバチになってくれたのよ」
2人の顔には、暖かい春風のような笑顔が満ちていた。
そして、その幸せが事業を成長させ、社会を成長させていったのだった。
了
この物語はフィクションです
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