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水野の席は日当たりのいい窓際にあった。
花や観葉植物を机の上に置いているので、課長の計らいで今の席に落ち着いたのだった。
「それは、何て花ですか」
通りかかった女子社員が鼻をひくつかせて鉢に顔を近づけた。
髪を掻き上げて、さも気分良さそうに香りを吸い込んで目を細める。
「イテアです。
花が穂になって一気に開くのが特徴です」
「いい香りですね」
こんなやりとりが、日に何度かある。
この前などは、課長に呼び出された。
「水野さんがうちの課に来てから、体調不良者が減ったと言われてね、今度部長も話を聞きたいと仰っていたよ」
などと言われた。
「これ、もしかしてイテアかい。
昔良く行った、父の実家に植わっててさ、いい香りがするんだよな」
近くの席から声がした。
口角を上げ、笑顔を作って見せた水野に言葉を続けた。
「そう言えば、最近行ってないなあ。
今度おばあちゃんに連絡とってみようかな」
笑い返して、また書類に視線を落とした。
息つこうと廊下に出ると、いくつか鉢植えの小振りな木が置いてある。
数メートルごとに緑がある廊下は、白い壁に映えて気分を落ち着かせた。
社内で観葉植物を置く話が持ち上がったとき、当然水野にも相談があった。
あまり派手なものではなく、大振りの葉がつく「フィカス・ウンベラータ」を薦めた。
愛らしいハート形の葉がつくことから「夫婦愛」や「永遠の幸せ」の象徴とされている。
これを見た社員が結婚をしたとか、元気がない社員が前向きになったとか、自然と噂が広がっていったのだった。
「やあ、花部長」
白鳥部長とは、水野が本社にやって来たときからの付き合いである。
鉢植えの花を家に置きたいとか、他の課でも社員が落ち着いて仕事できるようにコーディネートして欲しい、と相談されたこともあった。
「どうも」
立ち上がってペコリと頭を下げる水野に、声を落として耳打ちをした。
「実はね、ちょっとメンタルが落ち込んだ社員が増えている課があるのだけど ───」
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