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 閑静な住宅街を歩いて行くと、車が一台通れる程度の道に面して、鮮やかな赤やピンク、白を織り交ぜた花束が外に出されている。  ダークグレイの太い(はり)と柱が、まるでモダンな額縁(がくぶち)のように花々を収め、白くて長いバケツとその足は、植物の有機的なフォルムと対比して眩しく輝いて見える。  大きく開放的なガラス越しに店内の暖かい照明が()れ、安らぎを求めて花を買う水野の心を優しく包む。  ガラス窓の右上には細くてモダンな明朝体を斜めに倒した文字で、軽やかに「花の妖精 シシリイ」とあった。  腰をかがめて花を抜き出し、水やりや水切りをしている女性は、水野よりも少し年下だろうか。  スラリとしているが小柄で、この細腕で重たい水が入ったバケツを運ぶのは大変だろう、などと思いながら遠目に眺めていた。 「いらっしゃいませ」  腰をかがめたまま、顔を向けてニッコリ微笑む彼女の仕草が、まるで花の妖精のようで、花束の一部になった様な輝きを放っていた。  少しドギマギした水野は、視線を()らして花束の香りを楽しむ振りをした。 「いやあ、薔薇(ばら)の香りは濃厚ですね」  深紅の薔薇を贅沢(ぜいたく)にあしらった花束は、見ているだけで鼓動が激しくなってくる。  白い百合(ゆり)やマーガレットなど、白い花を中心にしたアレンジには、純潔な美しさがある。  そして、色とりどりの鮮やかな花をちりばめた物などは、この世の幸せをすべて詰め合わせたような恍惚(こうこつ)をもたらした。  生きている花々から、無限のエネルギーを心に注入して人間は生きている。  ガーデニングができないマンション暮らしの水野にとって、鉢植えや切り花の世話をして、眺めることが何よりの(なぐさ)めだった。  明るいリーフグリーンのエプロンの左胸につけたネームプレートには「森下 萌(もりした めぐむ)」と太いゴシック体で書かれていた。  花屋の店員さんを名前で呼ぶことはないが、その名前と彼女の立ち姿を初めて見たときから、脳裏に焼き付いていた。  棚に飾られた鉢植えに目を留めた水野は買い求めることにした。 「これを、お願いします」  彼女と言葉を交わす瞬間は、心臓が飛び上がるほど刺激的なひとときだった。 「ありがとうございます」  ビニールのフィルムで飾り付け、手提げ袋に収まった花は、さらに輝きを増す。  (いろどり)にどうぞ、と緑の玉石をサービスしてくれた。 「この玉石は、軽石に天然の色がついた珍しい物です。  植物の成長を助けるだけでなく、人も育てる、なんて言われてるんですよ」  目を輝かせて話す彼女に、水野は目を奪われていた。
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