3人が本棚に入れています
本棚に追加
4
閑静な住宅街を歩いて行くと、車が一台通れる程度の道に面して、鮮やかな赤やピンク、白を織り交ぜた花束が外に出されている。
ダークグレイの太い梁と柱が、まるでモダンな額縁のように花々を収め、白くて長いバケツとその足は、植物の有機的なフォルムと対比して眩しく輝いて見える。
大きく開放的なガラス越しに店内の暖かい照明が漏れ、安らぎを求めて花を買う水野の心を優しく包む。
ガラス窓の右上には細くてモダンな明朝体を斜めに倒した文字で、軽やかに「花の妖精 シシリイ」とあった。
腰をかがめて花を抜き出し、水やりや水切りをしている女性は、水野よりも少し年下だろうか。
スラリとしているが小柄で、この細腕で重たい水が入ったバケツを運ぶのは大変だろう、などと思いながら遠目に眺めていた。
「いらっしゃいませ」
腰をかがめたまま、顔を向けてニッコリ微笑む彼女の仕草が、まるで花の妖精のようで、花束の一部になった様な輝きを放っていた。
少しドギマギした水野は、視線を逸らして花束の香りを楽しむ振りをした。
「いやあ、薔薇の香りは濃厚ですね」
深紅の薔薇を贅沢にあしらった花束は、見ているだけで鼓動が激しくなってくる。
白い百合やマーガレットなど、白い花を中心にしたアレンジには、純潔な美しさがある。
そして、色とりどりの鮮やかな花をちりばめた物などは、この世の幸せをすべて詰め合わせたような恍惚をもたらした。
生きている花々から、無限のエネルギーを心に注入して人間は生きている。
ガーデニングができないマンション暮らしの水野にとって、鉢植えや切り花の世話をして、眺めることが何よりの慰めだった。
明るいリーフグリーンのエプロンの左胸につけたネームプレートには「森下 萌」と太いゴシック体で書かれていた。
花屋の店員さんを名前で呼ぶことはないが、その名前と彼女の立ち姿を初めて見たときから、脳裏に焼き付いていた。
棚に飾られた鉢植えに目を留めた水野は買い求めることにした。
「これを、お願いします」
彼女と言葉を交わす瞬間は、心臓が飛び上がるほど刺激的なひとときだった。
「ありがとうございます」
ビニールのフィルムで飾り付け、手提げ袋に収まった花は、さらに輝きを増す。
彩にどうぞ、と緑の玉石をサービスしてくれた。
「この玉石は、軽石に天然の色がついた珍しい物です。
植物の成長を助けるだけでなく、人も育てる、なんて言われてるんですよ」
目を輝かせて話す彼女に、水野は目を奪われていた。
最初のコメントを投稿しよう!