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 翌日、出社した水野のスケジュール表に、白鳥部長との面談が組まれていた。  指定の時間に会議室をノックする。 「やあ、水野さん。  忙しいところ、済まないね」  部長自らドアを開け、招き入れた室内には、もう一人若い女性が立っていた。 「部下の下村 乃々香(しもむら ののか)さんだ。  実は、深刻な相談があってね、他言無用でお願いしたい」  そう切り出すと、下村という女性社員は立ったまま座ろうとしなかった。 「私、横領なんてしていません。  でも、疑いをかけられて辞めろと、ほのめかされるくらいなら辞表を提出指せていただきます」  水野に、というよりも白鳥の方へ向かって言った。  (うつむ)いて影になった顔に、ハンカチを当てて鼻を啜っている。  髪を垂らして隠された顔は、ほとんど誰だか分からなかった。 「まあまあ、落ち着いて。  まずは座って話しましょう」  ポカンとして2人のやり取りを見ていた水野に、 「この通り、相当にショックを受けていてね。  君なら年齢が近い、というのもあるが、ほら、あれだ」  視線の先には、水野が先日発注したばかりの観葉植物が元気に葉を広げて窓へ向かって伸びていこうとしていた。 「はあ ───」  イエス とも ノー ともつかない曖昧(あいまい)な返事をして腕組みをすると、胸の内ポケットに小さな箱の感触を認めてハッとした。  立ち上がった水野は、決然として箱を取り出し彼女の方へと近づいていく。  目の前に音もなく置いた箱を開き、例の石を取り出した。 「これは ───」  彼女はわずかに顔を上げ、石に指先を触れた。  指先から波動のような光が(ほとばし)り、輝きが増していく石が徐々に宙に浮いていく。  3人の顔が、まばゆい光に照らしだされ、部屋全体が光に満たされた。 「これは、奇跡か」  白鳥部長が呟いて、石に手を伸ばそうとした。  すると()き物がとれたように、微笑(ほほえみ)を取り戻した下村の、晴れやかな横顔にぎょっとした。 「水野さん、この石は」 「人を育て、幸せにする『緑の玉石』です」  春の日差しのような、暖かい光が心を包み、どんな困難も乗り越える力を与えるのを感じたのだった。
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