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 退職した水野は、「緑の玉石」の謎を追って日本中を旅していた。  北海道へ(こけ)色の めのう「モスアゲート」を買い求めに行ったときには、新婚旅行を兼ねて(めぐむ)も一緒に行った。  札幌、釧路など観光をしながらパワーストーンを集めていくうちに、宝石の原石に込められた様々な言い伝えと、植物を育てるガーデニングに関係性を見いだしていった。  石が持つ神秘的な力と、花の香りが関連する記憶を呼び起こす「プルースト効果」、そして植物そのものが持つ癒し効果、空気を浄化する作用を組み合わせることによって、生活者がより質の高いくらしをして、オフィスの作業効率を上げる。  そんなコンセプトで立ち上げた新事業が、社会から広く信用を集めた。  水野が勤めていた商社での成功も、具体的な成功事例として取り上げられていた。  「花の妖精 シシリイ」は相変わらず住宅街の一角に、おしゃれな(たたず)まいで花束を並べていた。 「いらっしゃいませ」 「ブッダナッツ・アレンジメントをくださるかしら」  壁に設えた棚の一つに緑の小さなアレンジメントがカゴに収まっていた。 「幸せを呼ぶ『ブッダナッツ』を中心に、緑色でアレンジしました。  ナッツの上に、心の平和をもたらし、人間関係を円滑にする『グリーンクオーツ』を散りばめてサービスさせていただきます」  近所から来たお得意さんの主婦は、表情をほころばせて満足そうな声を出した。 「あら、素敵ね」  アロマ効果のある植物と石、そして花の美しい彩りが心を癒していき、みるみる表情が明るくなり、肌が赤みを帯びていった。  通信販売事業をオフィスを借りて立ち上げ、そちらも順調に成長していく。  「花の妖精 シシリイ」は、店舗を増やして2号店、3号店を開店した。  中でもパワーストーンの効果が評判で、さまざまなラインナップを揃えてモニターを集め、人を育て、成長させるストーリーを発信していった。 「夫婦共働きで、私立中学と高校生の子どもは塾に通っているので帰宅時間がバラバラで、会話もほとんどありませんでした」 「顔を合わせても『おはよう』と挨拶(あいさつ)しなくなったのはいつからだったかな ───」 「でも、『シシリイ』の幸せアレンジメントをリビングに置くようになってから変わりました」 「夫は明るい顔をして、早く帰るようになりました」 「私も近所の友人を呼んでお茶するようになったし、子どももたまに友達を連れて来て一緒に勉強したりしています」 「笑顔が笑顔を呼んで、外を歩いていても声をかけられるようになった気がするんです」
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