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施錠すると彪は戻ってきた。
几帳面に結んであるネクタイを少し緩めながら言う。
「まったく、懲りませんね。あなたに比べたら虫のほうがまだ学習能力が高いでしょう」
朧はソファに座ったまま会話に参加する気がないというふうに何も言わずに目を閉じている。聞こえているだろうが完全に我関せずという態度だ。
とりなすように白雨は言う。
「まあまあそう言わずに。京一さんは今もここにいることですし」
「逃げ出そうとしたこと自体が問題だと言っているんですよ」
鎮火は失敗したらしい。
彪は余計に不機嫌になったように見えた。
「腱でも切って動けなくしておいたほうがいいですかね?」
京一の背筋がゾッと寒くなる。
「それは困ります。というか、京一さんが動けないと困るのは彪さんもでしょう?」
ゆったりと白雨が言う。
渦中の自分を置き去りにして物騒な話が進んでいくのを京一は身を小さくして聞いていることしかできなかった。
「冗談ですよ」
さらりと彪は言ったが京一を見る鋭い眼光は変わっていない。
「さあさ」
白雨がパンと手を打ち鳴らした。
気を取り直して、というふうに言う。
「事件の概要はこれで大まかにわかりましたね」
京一が話を盗み聞いていたこともわかっているようだ。隣に座っていたので白雨にも聞こえていたのだろう。
「彪さん声が大きかったのできっと僕たちにも聞かせるために玄関に立って話してくれたんですよね?お気づかいありがとうございます」
なんというか腹黒そうな発言だ。
彪もじっと白雨を見つめている。
「……ええ、まあ」
無愛想にそう言った。一応肯定したということだろうか。
「さあ京一さん」
いまかいまかと身構えていたがやはり声をかけられるとビクリと背が跳ねてしまう。
白雨がじっと見つめていた。その瞳に彪のような険しさはない。
むしろ労わるような声音で言う。
「どうしますか?」
「……どう、する……」
馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返してしまった。
背中がびっしょりと汗で濡れていて、シャワーを浴びたばかりだというのに気持ち悪い。
「動きたくないと言われてしまえば京一さんを首輪をつけて連れ回すような真似はできません。事件に関わる気があるなら自分の意思でついてきてもらわないと」
穏やかな声に反して、今の京一にはずいぶん厳しい言葉に聞こえた。
選択肢は、ない。
白雨はなぜこんなことを聞いてくるんだろう。
自分が立ち上がらないと言ったらどうするつもりなんだろう。
でも。
考えて、京一は言葉を絞り出す。
「……関わる。俺が人殺しを止める」
白雨が驚いたように目を見開いている。
その顔がなんだかおかしい。そんなことを思っている場合じゃないのに。
そんなに予想外の返事だったか。
「どこまでやれるかわからないけど……。やらせてもらえませんか」
自分の言葉で自分の意思でそう言った。
彪は鼻を鳴らす。
朧は何も言わない。
白雨はなぜか目元を緩ませた。
「では」
ニコリと微笑む。
「まずはお試し期間ということで行ってみましょうか」
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