13人が本棚に入れています
本棚に追加
〈5〉捏造・・・
室田のアパートを出てから二時間が経過していた。車は関越自動車道を降りてから、県道を通り、山道に入った。やがて民家も見えなくなった。そして車は舗装されてない狭い林道を通って山の奥へと入っていった。車中では室田も実和も無言だった。実和は今、どこを走っているのか何気なく気になり、おもむろにスマホのGPSで現在位置を確認した。そして、車は林道の少し広くなった場所で停まった。
「着いたよ」
そこは木々と雑草が生い茂る人里離れた場所。勿論電灯もない。
「ここ?」
「そうだよ。グーグルアースで探したんだ。雰囲気のある場所をね」
「ここで何をするの?」
「まぁ、いいから。それより後ろのスポーツバッグ持ってきてくれる?」と言って室田は運転席を降りた。奈々も助手席のドアを開けて降りてから後部座席のドアを開けてスポーツバッグを取った。室田はトランクを開け、そこから長さ一メートルぐらいのシャベルと折り畳んであるブルーシートとLEDランタンを取り出した。そして、LEDランタンの灯りをつけた。周囲がパッと明るくなった。
「どうするの?」
室田はLEDランタンで暗闇を照らして、「ついてきて」と言い、人も入りそうもない藪の中に入っていった。実和も室田の後に続いた。
そして、五分ぐらい入っていくと、そこは木がまばらに生えていて少し開けた場所になっていた。室田はLEDランタンと折り畳んであるブルーシートを地面に置いた。そして、「よし」と言ってシャベルで地面を掘りだした。
「何するの?」
「ん、ここに穴を掘るんだよ」
「穴? なんで?」
「まぁ、見てろって」
そういって室田はシャベルで雑草ごと掘り起こしていった。実和は室田が地面を掘る姿をジッと見ていた。そして、待つこと三十分。人一人が入るぐらいの幅と長さの穴が出来た。室田は、シャベルを地面に突き刺し、「よし」と言い、実和に向かって言った。
「悪いけどスポーツバッグに着替えが入っているからそれに着替えてくれる?」
「え、着替えるの? ここで?」
「そう。これからが本番だよ。俺、向こう向いてるから」室田は実和に背を向けた。実和は、そんな室田の背中を見て渋い表情をした。
しかし、室田は背を向けたまま。実和はLEDランタンの灯りが届く場所でスポーツバッグを開いて中に入っているものを手に取って見た。ベージュのワイドパンツと水玉模様のブラウスとブラウン色の長髪のウィッグ。
実和は背中を向けている室田に尋ねた。
「この服に着替えればいいのね」
「ああ、宜しく」室田は煙草を吸っている。
実和は渋々、着ている服を脱ぎ、着替え始めた。五分ぐらいが過ぎた頃、実和が室田の背中に向かって言った。
「着替えたよ」室田は地面に煙草を捨てて踏み消してから振り返って実和を見た。
「お、いいね」
ブラウン色の長い髪、水玉のブラウスに、ベージュのワイドパンツ、明らかにそこにいるのはいつもの実和ではない。
「でも、ちょっとサイズが小さいんだけど」実和はブラウスの肩幅を気にした。
「大丈夫だよ。別に気にならないから」それでも実和は服を気にしていた。明らかにサイズが合わない……。
「よし、さっそく始めるか!」室田は、折りたたんであるブルーシートを広げて穴の上に乗せた。
「小菅さん。悪いけど、このブルーシートの上から穴の中に入って寝そべってくれる?」
「何するの?」
「小菅さんは、これからこの穴の中で死体の真似をするんだ。そして、それをスマホで撮る。要は死体遺棄の写真を捏造するんだよ。そして、その写真で専務を脅す」
「そんなんで脅せるの?」
「大丈夫だよ。だから穴の中で寝てくれる」
実和は躊躇い、その場に立ち尽くし穴の上に敷いてあるブルーシートをジッと眺めた。
室田はそれを見て、少し焦れたように語気を強めて言った。
「いいから、俺の言ったとおりにしろよ! ここでもたついていたら何も始まらねぇんだよ!」
「わかったわよ。わかったからそう怒鳴らないでよ!」
実和が、穴に片足を入れようとすると室田が言った。
「靴は脱いでくれよ」
実和は靴を脱いで改めてブルーシートが敷いてある穴の中に素足を入れた。
「そう、そのまま穴の中で寝そべって」室田は実和が脱いだ靴を手に取り穴から離れたところに置いた。実和はブルーシートの上から穴の中で寝そべった。室田はLEDランタンを手に取り、穴の中で寝ている実和を照らし、矢継ぎ早に指示した。
「よし、顔を横に向けて髪の毛で顔を隠して。体の力を抜いて。腕はだら~と脇におけばいいから」
実和は室田に言われた通り、顔を横に向けて髪の毛で顔を隠し、穴の中で窮屈を感じながら体の力を抜いた。室田はちょうどうまい具合に穴の中の実和が照らされる場所にLEDランタンを置いた。
「よし、それでいい。じゃ撮るから」室田はズボンの後ろのポケットからスマホを取り出した。
「じゃ、撮るよ」室田は写真を撮りながら穴の周りを回った。そして、一通り撮り終わると立ち止まって撮った画像を確かめた。うまくいったのか、「よし」と満足そうに呟いた。
「もういいよ」
実和は、穴のふちに手をかけて状態を起こそうとするも小さな穴にハマって中々起き上がれない。それを見ていた室田が実和に手を差し出した。
「ほら、捕まって」
実和は室田の手を掴み、室田に引っ張り起こしてもらった。そして、穴から出た。すると室田が、穴に敷いていたブルーシートを片付け始めた。
「よし、あとは仕上げだ。ちょっとここで待ってて。ランタン持っていくよ」室田は地面に置いてあるLEDランタンを手に取った。
「どこ行くの?」
「大丈夫だよ。残したりしないから」
そう言って笑うと室田は、来た道を戻っていった。実和は一人暗闇の中に取り残された。
〈どうしてこんなに熱心になれるんだろう。私の想いに共感してくれてるのかな……〉
暫くすると、室田がLEDランタンを腰にぶら下げて戻ってきた。室田はブルーシートで包まれている大きなモノ?を自分の肩の上で担ぐように持ってきた。そして、そのまま穴の傍に行くとその包みをゆっくりと慎重に地面に降ろした。よく見るとブルーシートはところどころ紐で結ばれていて、どこか人型にも見えなくもない……。
「何それ?」
「これ、人形だよ人形」
「人形? そんな大きい人形なんてあるの」
「それ聞く?」
「え」
「あんまり人に言うことじゃないけど。ましてや女性には特に」
「何、何よ」
「これはラブドールだよ」
「ラブドール?」
「ダッチワイフといえばわかるかな」
「ダッチワイフ!」
「そう。ようは俺のマスターベーションの相手だよ」
「え!」
「中、見る?」室田は笑みを浮かべて聞いた。
「見ないわよ!」美和は露骨に嫌がった。
「だろ。ほんと、こんな人のしもの処理なんて人に言うことじゃないよ。だから言わないでよ」
「言わないわよ!」
「まぁ、捨てたくても捨てられなくて困ってたんだ。なんせ大きくて重いから。だから今回、丁度いい」
室田はブルーシートで包まれた大きな人形を穴の中に入れた。そして、穴の中に納まると室田は言った。
「やっぱラブドールだけあって、ブルーシートに包まれていても人に見えるな。どう人に見えない?」
「見える。でもこれ、どうするの?」
室田は穴の中のブルーシートで包まれた人形を見て、
「小菅さんが死体のふりをしてくれた続きを撮るんだよ」
室田は、穴の傍に立ってスマホで写真を撮りだした。いろいろ場所を変えて写真を撮る。
そして、室田は地面に置いてあるシャベルを手に取り、穴を作る際に掘り出した土を少しずつブルーシートにかけ始めた。
「小菅さん。悪いけど、俺がこれから土をかけていくから、適当でいいから穴の中の写真を撮ってくれる?」室田は実和にスマホを手渡した。
「うまく撮れないかもしれないよ」
「うまく撮る必要なんてないよ。要は作業している証拠が撮れればいいんだ。兎に角、沢山撮ってくれればいいよ。後でチョイスするから」
実和はスマホで写真を撮った。室田はシャベルで穴に向かって土をかけた。
「小菅さん。同じ場所でなく、穴の周りを回りながら撮って」
「わかった」実和は穴の周りを回りながら、ブルーシートの上にかけられていく土ごと撮っていった。
「包みを中心にして、穴全体を撮ってね」
「わかった」
室田はシャベルでブルーシートの上に土をどんどんどんどんかけていった。ブルーシートの青色が土で徐々に消えていく。シャベルで土をかける室田と穴の中をスマホで撮影している実和の姿をLEDランタンの灯りが照らしている。まさに秘め事。ある種、異様な光景に見える。こんな人里離れた山の中では特に……。
最初のコメントを投稿しよう!