マジで出掛ける3分前

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 私には三分以内にやらなければならないことがあった。  身支度を整え、家を、出る。  次の電車に乗らなければ、完全に遅刻だ。  こんな日に限って昼まで寝てしまうなんて……。  私は慌てて顔を洗い、メイクをする。  三分しかないのだから、塗ってるうちに入らないようなテキトーメイクになってしまうが、仕方ない。描いたって描かなくたって、大して変わらないのだからこの際どうでもいいだろう。  眉毛を片方書き終えたところで、電話が鳴る。  何だってこんな時に!  私は慌てて電話を取った。 「もしもし?」 「こんにちは~! 私、ミチガエリ化粧品の早川と申しますが、この度お客様だけに特別料金で我が社イチオシのオールインワン化粧品、その名も『これ一本で生まれ変わった私になる、オールインワン奇跡のクリーム』をお買い求めいただけるキャンペーンのご案内でお電話いたしました~」  長い!  色々、長い!  電話になど、出なければよかったのだと思いながらも、出てしまったものは仕方ない。  私は、今までこの手のセールスに決まって使う、技を持っている。今日もそれで乗り切ることにする。 「おかーたんは、いま、いましぇん」  名付けて 『お留守番作戦』  である!  大概の場合、これで相手は引き下がる。子供相手にセールスは出来ないのだから。  だが、今日の相手は違っていた。 「あらやだお客様、そんな可愛い声も出せるんですね! すごいです~! ……それでですね、このクリームなんですが、」  通じてない!!  いや、普通は嘘だとわかっても相手に合わせるものだろうに!  早川、といったか。  こいつ……デキる。  しかし、だからといってこちらとて負けていられないのだ。  私は怯むことなく、続けた。 「えっと、おはなし、わかんない」  お留守番作戦続行である。  だが、 「ええ、わかりました。可愛い声ですよぉ。うん。……それで、この商品の一番の売りが、」  やめねぇのかぁぁぁぁぁ!  私はそう叫びそうだった。  もう、残された時間は残り一分。  降参だ。正直に話すしかあるまい。 「ごめんなさい、ちょっと今急いでて」  私は正直に言った。  にも拘わらず、 「あら、そうでしたか! では、でいきますね! そしてこのクリームを塗り続けて一月経ちますと、」  ちょっとだけ、早口になっている。  そうじゃない!!!  礼儀ってものがあるから、今までどんなセールスにもやったことがなかったけど、これはもう、相手をするだけ無駄だ。  私は大きく息を吐き、告げた。 「切りますね」  すると、 「いやぁぁぁぁ! 切らないでぇ!」  電話の向こうから聞こえる絶叫。さすがにビビる。 「私、なんとしても契約を取らないとクビになっちゃうんですっ。お願いしますから話だけでも聞いてぇぇぇ!」  相手も必死だ。  しかしもう、リミッターは振り切れている。  あとは駅までの道をどれだけ短縮できるか。走ればあと2分は稼げる。 「あの、私も困るんですっ。今日、アルバイトの面接があって、」 「ああ、お時間ない時ってありますよねぇ。そんなときにも、弊社のオールインワンクリームがあると大変便利に使っていただけ、」  まだ続くんかーい!!  私は電話を切った。  そして鞄を手に、急いで駅へと向かったのだ。  面接には間に合った。  だが、私の眉は、片方しか描かれていなかったのである……。 了
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加