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リョウが住むこの廃墟となった教会は、まるで時間が止まったかのような空間だった。
苔の生い茂る石畳と、風が吹くたびにカラカラと音を立てる古びたステンドグラス。
その音は、まるで昔の信者たちの囁き声のように聞こえた。
リョウは夜ごとに古びたベンチに座り、星を眺めた。
星の光が教会の窓を通して差し込むと、それは天上からのメッセージのように彼の心に届いた。
教会の近くの広大な森で過ごす日々は、彼にとって冒険だった。
森の奥深くには、誰も知らない秘密が眠っているような気がした。
リョウはさまざまな植物や動物に出会い、森の恵みが彼の生活の糧となった。
街に降りる際も、できるだけ目立たないように振る舞ったが、それでも時折、街の人々の目に留まることもあった。
ある日、一人の老人がリョウに話しかけてきた。
彼はリョウの目の奥に潜む悲しみを見抜き、若かりし頃の記憶を語り始めた。
「どんなに孤独でも、君は決して一人じゃない。君が心を開けば、誰かが必ずその心に応えてくれる」
その言葉は、リョウの心に深く染み渡った。
リョウの生活は孤独の中にあっても、深い意義を持っていた。
彼は自分だけの場所、そして自分だけの物語を見つけ、その中で成長し続けていた。
今年は天候が不安定で、森の恵みが著しく減少していた。
木々の葉は早々に枯れ、獣たちの足跡も少なくなっていた。
リョウはこのままでは冬を越せないと焦りを感じ、次第に絶望の淵に立たされていた。
何日も食事を取れず、体力が落ちていく中で、彼の心は重苦しい闇に包まれていった。
そんなある日、リョウの住処である教会に突然、黒ずくめの衣装を着た女性が現れた。
彼女は透き通るような白い肌に、不釣り合いな黒い服をまとっていた。
驚きと警戒心で一杯のリョウは、彼女に対して無言のまま距離を保った。
彼女は自らを「クロウ」と名乗り、自分が天使だと語った。
しかしリョウは信じなかった。
黒ずくめの天使など聞いたこともないし、彼女が本当に天使だとしても、自分に何の関係があるのか理解できなかった。
しかしクロウは、そのことを気にも留めず、リョウに自殺をした人の魂は天国に行くことはないと語り始めた。
リョウはなぜ自分が死のうとしていることをクロウが知っているのか尋ねた。
クロウは静かに答えた。「それが私の役目だから」
彼女の言葉は冷たくもあり、どこか優しさを含んでいた。
クロウは、自殺した魂は普通、地獄に向かうが、高潔な魂を持つ者については間違って天国に向かうことがあるため、彼女が監視しているのだという。
クロウの言葉に戸惑いを隠せないリョウだったが、その冷静な瞳には真実を語っているように見えた。
彼女はゆっくりと教会の中を歩き回りながら、リョウに過去の出来事を語り出した。
かつて、この教会も多くの人々が集まり、信仰と希望を捧げた場所であったこと。
今はその面影もないが、かつての信者たちの祈りがこの場所に今も残っていること。
リョウの中に小さな変化が生まれ始めた。
クロウの存在が、彼の孤独な日々に一筋の光を差し込んだのだ。
ある夜、クロウはリョウを教会の塔へと誘った。
風に揺れるステンドグラスの色とりどりの光が二人を包み込む中で、クロウは静かに言った。
「リョウ、あなたは一人ではない。この世界にはあなたのような魂がたくさんいる。大切なのは、どんなに暗い夜でも、必ず朝が訪れることを信じることだよ」
その言葉にリョウは深く心を打たれた。
彼の胸の中には、これまで感じたことのない温かさと希望が芽生え始めたのだ。
クロウの言葉を胸に刻みながら、リョウは再び教会と森での日常を送るようになった。
クロウとの出会いがリョウの人生を大きく変えた。
彼は孤独ではなく、世界にはまだ多くの可能性が広がっていることを知った。
そして彼は、自分の物語がまだ終わっていないことを強く感じていた。
未来に向かって一歩一歩進んでいくリョウの姿は、まるで新たな旅立ちを象徴するかのようだった。
クロウが見守る中で、彼は再び光を求めて歩み始めたのだった。
それでも最後の時を迎えようとしていた。
深夜の冷たさが一層肌に染み渡る中、リョウはクロウと最後の食料を静かに分け合った。
黙々と口に運ぶその仕草には、どこか儀式めいたものが漂っていた。
部屋の薄暗がりには、ふたりの息遣いと微かな風の音だけが響く。
リョウの心には既に死への覚悟が固まっており、クロウとの対話はその決意をさらに確固たるものにした。
彼らの会話は、淡々とした調子ながらも奥底に隠された深い感情を含んでいた。
クロウの低く重い声は、まるで彼に最後の安らぎを与えるかのようだった。
「リョウ、お前の選択を尊重する」とクロウが静かに言った。
ガラスの破片で手首を切り、ゆっくりと死に向かうリョウ。
クロウは静かに大きな黒い羽根を広げ、その冷徹な眼差しでリョウを見下ろしていた。
薄暗い空間の中、リョウの息遣いだけが響く。
彼の体からは徐々に力が抜け、意識は朧げになりつつあった。
その瞬間、リョウの体から魂がゆっくりと抜け出し、天国への道を辿り始めた。
顔には一筋の涙が流れ、彼の瞳にはかすかな安堵が浮かんでいた。
クロウはその魂が地獄に向かわないことを静かに見届けた。
彼女の冷静な態度には一切の感情が見られなかったが、その眼差しはリョウを見つめていた。
クロウの仕事は迷える魂を本来たどり着くべき場所に導くことだ。
それでもクロウはリョウの魂が地獄に向かわないことに対して何もせず、ただ静かに見守っていた。
リョウはやがて安らかな表情で天に昇り、彼の魂は光の中へと消えていった。
クロウはその様子を最後まで見届けると、再びその大きな羽根を広げ、新たな役目に向かって静かに姿を消した。
部屋の中には、ただ静寂だけが残された。
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