第二話

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第二話

「おいっ! 何が出たっ!?」  イリアを抱えたまま冒険者ギルドに飛び込んだアーレスが見たのは、いつもの軽妙さは鳴りを潜め、いつになく緊迫した様子のギルドメンバー達だった。 「アーレス! イリア! 戻ったかっ!」  真剣な表情で周囲の人間と話し込んでいたギルドマスターが、扉から入ってきたアーレス達に気づいて近づいてきた。  ギルドマスターを始め、ギルドにいる冒険者達は既に武装しており、ギルド内は物々しい雰囲気に包まれている。 「……何が出たんだ?」 「あぁ……それが……な……って、アーレスお前何やってんだ?」  深刻な表情で口を開いたギルドマスターだったが、イリアを抱えたままだったアーレスの姿を見て、呆れた表情を浮かべた。  そんなギルドマスターの表情の変化と、己のいる場所を改めて自覚して、イリアの頬が赤く染まる。  慌ててアーレスの首元から腕を離し、降ろしてくれるようアーレスの鍛えた腕を軽く叩く……も、何故か落ちないように抱え直された。 「ちょっ!? アーレス!? 降ろしてってばっ!」 「……今俺は人生最高の幸せを得られるはずだった場面を邪魔されて、非常に機嫌が悪いんだ。  邪魔した相手をどうにかしてやりたくて走り出したくてたまらんのを、イリアを抱えることによって我慢している」  だからしばらくこのままで、と嘯くアーレス。 「何バカなこと真顔で言ってるの?!」  ジタバタとアーレスの腕の中で暴れてみるも、流石辺境の前線で活躍しているだけあって、アーレスの拘束は微塵も緩まない。 「……まぁ、いいか。色ボケ坊ちゃんに付き合ってる暇はねぇ」 「坊ちゃん言うな」 「アーレスっ!!」  アーレスの苦情も、動揺するイリアも放っておくことにしたらしいギルドマスターが深刻な表情で口を開いた。   「……街に近づいているのは……火竜のヤロウだ……」 「火竜?!」 「……なんでまた……」  ギルドマスターの言葉に、驚きの声をあげるイリアと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるアーレス。  火竜とは辺境でも出現するのは稀であるが、炎による攻撃は山を焼き、森を焼き、田畑を焼き、人々の生活を焼き尽くす存在として忌み嫌われていた。  そんな炎のブレスによる攻撃はもとより、炎に包まれたその身は剣による攻撃も、魔術による攻撃も通りづらく、出没すれば多数の犠牲を覚悟せねばならず、冒険者ギルドに集まっている冒険者達の顔色も悪い。  但し、この辺境で食い止めなければ、被害は国中へと広がる為、なんとしてでも仕留めなけらばならない存在でもあった。 「……前回出たのは……じいさまの時か……その時の記録は?」  苦々しい表情を崩さぬまま、アーレスがギルドマスターに問いかける。 「その時は……辺境の騎士団と集まっていた冒険者の半数以上を犠牲にして足止めの上、先代の辺境伯が首を落としたらしい。  どうやら火竜の首の付け根に近い部分に、炎に守られていない部分があるらしく、それを狙えばなんとか……」  そういうギルドマスターの顔色も悪い。  見上げるような巨体の持ち主でもある火竜の、僅かな一部に狙いを定めて首を落とさなければならない難しさを認識しているからだ。  冒険者ギルドに沈黙が降りる。 「やべぇ!! マスター!! 奴が来るぞっ!! 想定より早ぇ!!」  沈黙を切り裂くように一人の冒険者が飛び込んできた。  彼がもたらした情報は、この状況では最悪と言ってよかった。 「?! アーレス!! 降ろして! わたしが魔術で足止めする!」  イリアが今度は本気でアーレスの腕から抜け出す。 「ちょっ! こらっ! 待てイリアっ!」  するりと身を翻して出口へと向かうイリアの背を、アーレスが慌てて追いかけていく。 「こらっ! 待て二人ともっ!! ちっ! 準備が出来たヤツから出るぞっ!!」  沈痛な面持ちで待機していた冒険者達に声を掛け、ギルドマスターは己の得物であるハルバードを握り締めるのだった。   「待てって! イリアっ!」  冒険者ギルドから飛び出した二人がたどり着いたのは、先程アーレスがプロポーズを行った草原とは街を挟んで反対側に位置する、魔物が出る森に面した草原だった。  そこには既に、辺境の騎士団が陣を張り、物々しい雰囲気に包まれていた。 「アーレス様っ! こちらです!」  二人に気づいた騎士の一人が声を掛ける。  それは辺境騎士団の副騎士団長である、モリーだった。 「モリー! 状況は!?」  イリアの手を引いてアーレスが人の集まっている場所に近づくと、ざっと人が割れ、中心にいた人物まで道が開かれた。 「父上! じゃなくて騎士団長っ! 状況は!?」  アーレスの呼びかけに、人々の中心にいた大剣を背負った巨躯の持ち主が振り返る。 「……アーレスか。……そちらは……『爆裂姫』か? いや……君は……?」 「え……? 辺境伯様にまで『爆裂姫』とか呼ばれてる?!」  若干ショックを受けたイリアを置き去りに、よく似た男二人が話を始める。  それもそのはず。辺境騎士団の騎士団長でもあるミストはアーレスの父親でもあるからだ。  鍛え上げられた巨躯に、短く整えられた赤髪と煌めく紅い瞳のミストは、数十年後のアーレスの姿を予見していた。  ……実のところ、イリアとミストは初対面ではなかったが、その事実にこの場で気づいているのはイリアだけだろう。……だと思いたい。  何故なら、二人が顔を合わせた頃と比べてイリアの見目は随分と変わっているからだ。特に目の…… 「状況はまぁ……よくねぇなぁ」  イリアがドキドキと激しく胸を鳴らす内心の動揺を抑えていると、何とも言えない表情を浮かべてミストが零す。 「ヤツの動きが想定以上に早くてなぁ。恐らくあと半刻もしないうちにここまで来るだろう。とりあえず……今日はこちらの準備も不十分だ。討伐は厳しいだろうから、速やかにお帰りいただく事を願おう」  ぐっと背負った大剣の柄を握り直し、ミストが周囲を見回す。 「いいかっ! 皆の者! 敵は強大で残忍だ! 無下に命を散らす事ないよう心得よ! 今日は追い返すことに専念するぞ!!」   「「応っ!!」」  勇ましい声をあげ、屈強な騎士達が持ち場へと散らばっていく。  どうしたものかと周囲を見回していたイリアだったが、アーレスに手を取られ、騎士団長たちが控える天幕まで連れてこられた。 「さて……どうしたもんか……」  厳しい表情を浮かべたミストが、簡易的な机に置かれた地図に視線を落とす。  地図の上には、騎士達の配置が書き込まれ、少し離れた場所にはドラゴンの現在地であろうピンが刺さっていた。   「じいさまは足止めしてから首を落としたって聞いたけど……」  アーレスがミストと同じように地図を眺めながら、腕を組む。 「あぁ……あんときは……こっちの平原にでけぇ罠を仕掛けて……火竜の足を何とか地面に縛り付けてから、親父殿が首を落とした……らしい。  何せ火竜は首の付け根にある逆鱗を壊さない限り何度でも復活するからな……」 「ん?」  若干言いよどんだミストにアーレスが首を傾げる。 「あの時は……さすがの親父殿も無事では済まないと覚悟を決めていたのか、俺と母上は王都の屋敷に避難させられていた。  だから直接火竜を見たわけじゃないんだ。  それに……親父殿の左半身に火傷の痕があったのはアーレスも知っているだろ?  あれは、首を切られて死んだはずの火竜が死の間際に振り回した尻尾が親父殿を直撃してできた傷なんだ……」  沈痛な表情のミストに周囲も何となく口が重くなる。  その様子に気づいたミストが一つ頭を振って、再び口を開いた。 「んで、親父殿の時は一週間くらいかけて罠を張ったらしい。火竜でも足止めできるような……な」 「……その間火竜は?」 「もちろん大人しくしている義理はねぇからな。暴れまわりそうだったのを当時の騎士達や冒険者達が……決死の思いで……な」  恐らく沢山の犠牲者が出たのであろうその戦いに、これから挑まねばならない絶望が場を暗くする。   「……三日……いえ二日ください」   唐突にイリアが口を開いた。 「……イリア?」 「二日掛けてこの平原に魔術陣を書きます。氷の魔術を中心にして……首を落とすから首は凍らせないように……。  脚を中心に氷の鎖で縛った後……凍らせて……火竜は……火を打ち消して……まずは誘導を……火竜をこの場に……確か……」  アーレスの問いに答えることなく、真剣に地図を眺めながらブツブツ呟き始めたイリアを、普段のイリアの様子を知らないアーレス以外の人間は奇異なものを見る目で見ていた。 「……できます。必ずこの平原に火竜を足止めします。できれば首も落とせればいいのですが、流石にこれだけの魔術陣を維持するには、こちらに集中しないとならないので……。  逆鱗の部分だけ露出させる形で凍らせますので、そこを狙っていただければ……」 「……イリア……本気か?」  アーレスがイリアのはしばみ色の瞳を覗き込む。 「もちろん! できない事は口にしない主義だってアーレスも知ってるでしょ?」 「……そりゃそうだが……。……本当なんだな?」  アーレスのいつにない真剣な顔に、イリアが頷きを返す。 「待てっ! 君はたかだたB級冒険者だろう? そんなレベルの人間が構築した魔術にこの局面を任せられるものかっ!」  辺境騎士団所属の魔術師の一人が焦ったように口を挟む。  イリアが周囲を見渡せば、他の人達も口には出さなくとも同じ心境なのだろう。  何やら複雑な表情を浮かべていた。   「でしたら、貴方は火竜を足止めできる方法を考えつくのですか? 今すぐに。  わたしは考えつきました。その魔術陣を行使できる自信も制御できる自負もある。  火竜を誘導する術も組み込むから、他への犠牲も最小限に出来ると言い切れる。  貴方は? 貴方はどうですか?」  じっとはしばみ色の瞳に見つめられ、口を挟んだ魔術師が気圧されたように後ろへ下がる。 「……わたしは……アーレスを、アーレスの大事なものを守る為に……全力を尽くします。()()()の名にかけて」  きっぱりと言い切ったイリアの言葉に、その場にいた魔術師達がごくりと息を呑む。  それだけ魔術師が己の名にかけて誓うという事は重要で、それを違えた時には魔術を行使できなくなるとも言われていた。  それを……己より若い女魔術師が行ったという事、それは魔術師達に重く響いた。 「っ?! ならばっ! その魔術陣とやらを書いてみせ……「火竜がきたぞー!!!!!」 っ?!」  最初にイリアの実力に疑義を示した魔術師が、イリアに食って掛かろうとした瞬間、外から僅かに怯えを含んだ怒号が響いてきた。 「ちっ! 本当に早ぇなっ! 出るぞっ!」 「待て! アーレス! お前は待機だっ!」  駆け出そうとしたアーレスをミストが引き止める。 「何言ってんだ?! 俺だってやれるぞ?」 「……だからだ。お前は……この辺境の跡取りだ。だから……お前を死なせる訳にはいかん」  それは……前回火竜が出た時の焼き直しのようだった。  己に戦う力がありながらも、辺境の未来を考えて遠ざけられたミスト自身が感じた悔しさを思い出しながらも、自分の父親である先代と同じ判断をしなければならない。  その葛藤が、ミストの表情にありありと浮かんでいた。 「っ!? だけどっ! 父上っ!」 「許さんっ! 騎士団長命令だっ! アーレスはここで待機っ! わかったなっ!」 「まっ!?」  ドォォォォーーーン!! 「っ!? 何の音だ!?」  天幕を出ようとするミストを追いかけようと、アーレスが手を伸ばした瞬間、外からものすごい爆発音が響き渡った。  慌てた二人が天幕の外へ飛び出せば、勝鬨を上げる騎士や冒険者達の姿の向こうには、片羽をもがれ、フラフラと飛び去る火竜の姿があった。 「……は?」 「……え?」  ポカンと口を開く二人の元に、副騎士団長のモリーが興奮冷めやらぬ表情で二人に駆け寄ってきた。 「すっ! すごいですねっ!? 『辺境の爆裂姫』!!  その名は伊達じゃないっ! え? なんで彼女まだB級なんです? えぇ? ランクアップに必要な魔物が出なかったから?!  勿体無いっ! あの実力ならA……、いやSでも構わないじゃないですか!?  いやぁ! スゴい! 坊ちゃんイイ奥様を連れてこられましたねぇ!! これで辺境は安泰だぁ!!」  今にも踊り出しそうな、いや既にステップを踏み始めたモリーの様子に、辺境伯家の二人は呆気にとられるしかない。  他の人間に何が起きたのか聞こうとしても、皆同じような感じなので話にならない。 「あ、アーレス! とりあえずしばらく戻らないだろうから、今のうちに魔術陣の打ち合わせしたいんだけど……どうかした?」  いつの間にか天幕を出ていたらしいイリアが、手を振りながらこちらに近づいてくる。  その周りを辺境騎士団の魔術師達が取り囲んでいた。  その筆頭は、先程イリアに食ってかかってた下級魔術師だった。さっきまでと打って変わって、尊敬、を通り越した陶酔したような視線でイリアを見つめている。  その様子に若干ムッとしたアーレスが、今はそれどころではないと一つ(かぶり)を振った。 「……いや、イリア……いったい何が……?」 「凄いんですよ! 若様! 見てなかったんですか!?  イリアさんの極大氷魔術が火竜の翼を貫きながら凍らせてっ! その後雷魔術で粉々にしたんですよっ!!  スゴいです! これはスゴいですよ!!  雷魔術はそもそも扱える人間が少ないから、初級魔術でもすごい事なのに、イリアさんは雷の上級魔術を使ったんですよっ!!  極大氷魔術を放った後に!! スゴいですよこれは!  王都にいるって噂の『魔術の神童』すら凌駕するんじゃないですか!?」  モリーの言葉に、一瞬だけイリアの表情が歪む。  その様子をミストだけがじっと見つめていた……。  
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