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第四話
「……いきます」
イリアの言葉に合わせて、平原のほぼ中央に敷かれた魔術紙が光を放ち始める。
複雑な魔術陣の描かれた紙から浮かび上がるように魔術陣が空中に浮かびあがる。
くるくると魔術陣が魔力の燐光を振りまきながら大きく成長していき……。
平原を覆うほどに広がった頃には、周囲で見守っていた人々から感嘆の息が漏れ落ちた。
「……来ます」
若干浮ついた空気を切り裂いたのもイリアの声だった。
魔術陣に魔力を通しながらも、はしばみ色の瞳が見つめる先には、黒い点のようなものが浮かんでいた。
ガチャリと武器を構えた人々が各々の得物を握り直す。
黒い点だった物がぐんぐんと大きくなっていき、火竜の形を結ぶ。
「……ヤツが魔術陣に入った瞬間、魔術が展開してヤツが氷漬けになる……んだったな」
イリアの側に立っていたアーレスが大剣を肩に乗せ腰を落とす。
ギラギラとした瞳が、完全に火竜を獲物として見止めていた。
「いや、なんでアーレスが構えてんだ。お前は引っ込んでろ」
ミストがアーレスの首根っこを掴もうと手を伸ばすも、振り返ったアーレスの強い意志のこもった瞳に見つめられ、その手を止めた。
「未来の嫁にイイトコ見せたいんだ。俺がやる」
「……さようか」
台詞はアレだが、辺境を継ぐ者としての自覚を込めたその強い瞳に、いい目になったものだとミストは一つ大きく頷いた。
「それもそうだな。嫁にイイトコ奪われたままじゃあ辺境の男の名が廃る。思う存分やってこい」
イリアが魔術陣に魔力を注ぎながらも、こちらを心配そうにチラチラ見ている気配は感じていた。
だが、やる気に満ちたアーレスはイリアににやりと一つ微笑むと、陣形から一歩踏み出し、再び獲物の大剣を構えた。
ゲギャァァァァァァァァ!!!
初回で片翼を焼かれ、昨日は武器を持った人間どもに追い立てられ、火竜の真っ赤な瞳はギラギラと怒りに満ちていた。
赤眼をぐるりと回して平原を見回し、塵芥のような人間達の中から、己の敵を探し出す。
グギャァァァァァ!!
鋭い咆哮を上げ、目指すはちっぽけな人間。
その中でも最も華奢で頼りない、にもかかわらず己の片翼を奪った憎き人間。
ソレを目指して一直線に降下する。
ぐんぐんと迫る火竜の姿に、人々の間に緊張が走る。
その咢を開いて、迫りくる火竜を真っすぐとはしばみ色の瞳で見つめたまま、イリアは魔術を解放した。
「……っ! 縛っ!!」
イリアの言葉と同時に魔術陣の周りを揺蕩っていた光がぐんぐんと収束し、氷の鎖となって幾筋も魔術陣から立ち上る。
それらすべてが一斉に火竜へと襲い掛かり、その身を平原へと引きずり下ろした。
ゲギャア゙ァァァァァ!! ゲギャッ! ギャァァァァ!!
身体の動きを封じられ、苦し気に悔し気に火竜が咆哮を上げる。
だが、そんな火竜をあざ笑うかのように、その身を縛っていた鎖がだんだんと火竜の身体を凍らせ、足が、胴が、腕が動かせなくなっていく。
「っ?! アイツ?! ブレスを吐こうとしているぞっ!?」
最期の悪あがきか、火竜が大きく顎を開く。
その奥には、以前この辺りを焼き尽くしたと言われる凶悪なブレスの片鱗が煌めいている。
ぐんぐんとブレスが収束し、今にもその大口から飛び出そうとした瞬間。
カチンと火竜の身が凍り付いた。
首の辺りの一部だけを残した状態で。
「いまっ!」
イリアの言葉と同時にアーレスが飛び出す。
「はっ!!」
気合の声と同時にアーレスが飛び上がる。
それを手助けするように風が上へと吹き上がり、アーレスの身体を高く持ち上げる。
それはもちろん……イリアの魔術で起こされた風だった。
「ふっ!」
大きく振りかぶった大剣を落下する勢いのまま振り下ろす。
「斬撃強化っ!」
イリアの声が響き、アーレスの大剣がギラリと凶悪な光を放つ。
それは切れ味を鋭くする魔術を掛けられた武器の特徴だった。
ザンッ……!
アーレスの大剣が、むき出しになっていた火竜の首に食い込み、そのまま下へ下へと切り裂いていく。
そして……。
ゴトリと鈍い音を立てて、火竜の首と胴が別れを告げた。
一拍の静けさの後。
うぉぉぉぉぉぉぉ!!
辺りは勝鬨に包まれた。
「っ! アーレス!!」
人ごみから小柄な人物が飛び出し、火竜の首側に佇むアーレスへと近づく。
「! イリアッ!」
歓喜の色を乗せ、アーレスが振り返った瞬間。
蠢いた火竜の首が、最期の悪あがきと言わんばかりにその鋭い牙をアーレスへと向け……そして。
「?! アーレスッ!! アーレスに何するのよっ!!」
ほぼ無詠唱でイリアが放った風の魔術が、火竜の首を大空へと舞い上げる。
高々と吹き上げられた火竜の眼に、晴れ渡る空の青が映り込む。
「爆っ!!」
特大の爆裂魔術が火竜の頭にあたり、あっという間に爆発四散した。
ご丁寧に四散した肉片達も青白く燃える高温の炎で消え去っていく。
「うわぁ……」
呆然と空を見上げていたアーレスが、感嘆のような嘆息を漏らす。
ちらりと横を見れば、ふんすと鼻息荒く火竜の残骸が燃え尽きる様を見ているイリアがいた。
その瞳はキラキラと七色に輝いて見えて……。
「……? イリア……その目……?」
アーレスの言葉に、ハッとしたように目元に触れるイリア。
「……イリア……君は……」
何かを聞こうとアーレスが一歩踏み出した途端。
「やりましたね坊ちゃんっ!!」
「やったー!!」
「火竜を倒したぞー!!」
「すげぇすげぇ!! 流石『爆裂姫』!!」
「アーレス様ばんざーい! 『爆裂姫』ばんざーい!!」
「これで辺境の未来も安泰だぁぁぁぁ!!」
駆け寄ってきた人々にもみくちゃにされた。
「ちょ?! 待てっ! お前らっ! あぁぁぁぁぁぁ!!」
流石にイリアをもみくちゃにしてはいけないとわかっているのか、騎士達はアーレスの肩をバシバシと叩き、そのまま担ぎ上げてどこへともなく連れていく。
「ちょ! おまっ! 落ち着けっ! どこ連れてく?! ってイリアっ!? ちょぉぉぉぉ!!」
「今夜は宴だぁぁぁぁ!!!」
興奮冷めやらぬ人々の声が、平原に響き渡る。
その光景を、はしばみ色の瞳のイリアが見つめていた。
人々の歓喜の声が収まって、平原が静けさを取り戻したのは、暫くのちのことだった。
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