第2話 助手席のアン

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     小柄で童顔のアンを初めて見た時、僕は素直に「可愛らしい」と感じたものだ。  といっても、特に胸の内に熱い想いや衝撃が生まれたわけではない。一目惚れとか恋に落ちたとか、そういう話ではなかった。ぬいぐるみや小動物に対する「可愛らしい」と同じだったのだろう。  そんなアンと僕が休日の買い物を同行するようになったのは、たまたま同じ職場であり、たまたま同じアジア系だったからに過ぎない。離れた大都市にあるアジア人向けスーパーまで行く場合はもちろんのこと、街中(まちなか)の大きなスーパーへ行くだけでも、車が必須なのだから。  特に大都市まで出向くとなると、一つではなく複数の店を回る形になるので、午前中に出発して、街に帰り着くのは夕方の遅い時間。一日がかりの買い物だった。  往復の高速道路は、日本のような渋滞とは無縁で景色も良い。助手席に女の子を乗せてドライブするのは快適で、もう「買い物に行く」というより「遊びに行く」という感覚だった。  とはいえ、最初のうちは、あくまでも買い物だけだったのだが……。  仕事の忙しかった、ある日のこと。  いつもは何人かの同僚たちと一緒の昼食が、その日はアンと僕だけだった。購買部前にある食堂スペースで、二人それぞれ弁当を広げて、少し遅い時間のランチだ。  職場のお昼だけあって、なんとなく研究の話になり、 「思うようなデータが得られず、なんだか落ち込んじゃってねえ」  ため息をつく彼女は、慰めの言葉をかけたくなるような、独特の空気を醸し出していた。  でも僕は、気の利いたセリフを言えるほど大人ではない。かろうじて口から出たのは、 「じゃあ今日の仕事の後、気分転換にドライブにでも行こうか。ちょうど、行ってみたい場所があってさ」  という提案だった。    
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