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──人々が寝静まったとある夜。秋の夜風が吹く中、あるマンションの二階の窓からは明かりが灯っていた。
「落ち着け……落ち着け……。俺なら……できる……」
部屋に一人の男が居た。
「よし……計画を今一度復習しよう……。まず、スーツに着替え、車で病院に向かう……」
男は椅子に座り近くのペットボトルに手を伸ばし、一口飲む。
「この計画は完璧だ……失敗するはずない……」
男は立ち上がり、ブツブツと言いながら歩きだす。
「車を……駐車場の適当な場所に停めたあと、例の大きな箱を持ちながら車から降りる……」
男は手に持っていたボールペンを口の下に当てながら部屋をうろうろする。一歩、二歩、三歩歩き出すと立ち止まった。
「中の人たちに怪しまれないよう、会う人会う人に軽くお辞儀しながら待合室まで歩く……」
男は再び水を飲む。
「そう、そして、そのあと、個室トイレに行き箱の中の部品を取り出す……。組み立てて実弾を装填し、出来上がった改造銃を持ってトイレから出る……」
男は不気味な笑みを浮かべ始める。
「完璧だ。あとはあの憎きヤブ医者を見つけ発砲するだけだ。よし!」
男は再び椅子に腰をかけ、天井を見ながら呟いた。
「特にあの精神科のヤブ医者……絶対許さない……お前だけは俺の手で片づけてやる……いい加減なカウセリングをしてお袋を自殺に追い込んだ、お前だけは絶対に!」
男は急に笑いを止める。目を閉じたと思いきや、右目から雫がたれる。
「かわいそうにお袋……。昔から強迫性障害に悩んでたよな。毎日強迫観念に苦しんでるから俺があの病院紹介してあげたんだよな……。まさか、あんなに酷い医者がいただなんて……。お袋……ごめんよ」
男は涙を拭う。そして、再び笑い出す。
「世の中のヤブ医者どもはそうやって依存性の高いわけわからない薬で薬漬けにし、金を貪って裕福な生活をしている。悪魔どもめ。お前らは金に魂を売り飛ばした悪魔だ。俺がお前らを殺し……ヒーローになってやる!」
男は笑う。男は部屋中に響きわたるほど甲高く笑った。
「もう後戻りは出来ない。最後まで、俺はこの計画を、必ずやりとげる、絶対」
男は椅子から立ち上がり、部屋に置いてある全身鏡の前に立った。
「お袋……もしかしたら……もうすぐ……そっちに行くかもしれない。明日……大きな騒ぎを起こすから……警官が大勢来ることだろう。改造銃を持ってるし……警官に発砲されるかもしれない……。いや、特殊部隊のスナイパーも来るだろうからライフルで撃たれるかも。そしたら、いくら俺でも助からない……そんときは……そっちに行ってもいいよな?」
男はその場でうずくまり、泣き始める。
「お袋……こんな……馬鹿息子で……本当に……本当にごめん。最後まで……親不孝者で……。ただ、俺は……お袋に似て素直な人間だったんだ……だから、どうしても汚い人間が許せない……お袋……わかってくれ!」
男は顔を上げ、鏡に向かい声を荒らげる。
「お袋、もし俺がそっちに行ったら……小さい頃、お袋がいつも俺に作ってくれたあの美味しい肉じゃがを食べさせてくれるかい? またあの……昔の……俺たち家族が崩壊する前の……幸せだった頃のあの頃のように! 俺はまたあの頃に……戻りたいんだよ! お袋!」
──ガチャ!
「うるさいわよ! アンタ!」
「……あ」
「『お袋、お袋!』って何よ!」
「……あ、いや」
「今、何時だと思ってるのよ!」
「あ、いや、その……」
「お母さんは今日夜勤だって言ったでしょ! アンタの文化祭の劇の練習のせいでほとんどゆっくり寝れなかったじゃないの!」
〈終〉
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