愛は鬼にも悪にも勝る

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 ***  夏が外に出られることになったのは八つのことだった。その頃お夏には悩みがあった。お屋敷にあるものをうっかり壊してしまうことが増えたのである。  苛々が募って引き戸を思い切り開けたら、戸が派手に砕けてしまうとか。仕事に行こうとする母の袖を引っ張ったらすぐ千切れてしまうとか。そんなつもりはかったのに、使用人さんに飛びついたら転ばせて怪我をさせてしまったなんてこともあった。どうやら、お夏は他の人よりも力が強いらしい。一番体が大きい米さんと腕相撲をしてもあっさり勝ってしまうのだから、きっとそういうのとだろう。  自分は人間ではないのかもしれない。薄々そう気づき始めていた。己の頭に小さな角のようなものが生えてきていたから尚更に。 ――いくら淋しくて退屈だからって、苛々しちゃいけない。お夏が苛立ったら、きっとみんなを傷つけてしまう。  どうしよう、とお夏は悩んで、母に相談した。すると母は悩んだ末、こう言ったのである。 「そうだな、お夏ももう八つ。ずっと屋敷の中ではつまんねえだろう。私もあまり構ってやれなくて淋しい思いをさせたしな。少しだけお外に出してやれないか、屋敷の主人と相談してみるよ」 「ほんとに!?」 「ああ。でも、三つだけ約束してくれ。一つ、町の外には出ないこと。二つ、外に行けばきっと他の子と遊ぶ機会もあるだろうが、お夏は力が強いからみんなに怪我をさせちまわないように気をつけること」 「うん」 「それから、三つ目。……この屋敷の子だと、私が母親だと、誰にも言っちゃいけねえってことだ。守れるな?」 「え?……わ、わかったよ」  前二つの約束はわかるが、最後の一つはどういうことだろう。見上げる母の顔は今日もとても美しい。真っ白な頬、鮮やかな紅、金色の簪、長い睫毛と黒真珠のような瞳。どれを取っても誰より綺麗な人なのに、何故この母の子だと言ってはいけないのか。  気になったが、母がそう言うからには何か理由があるはずだ。お夏は頷く他なかった。ここでごねて、遊べる機会を逃すほうが嫌だったのだ。 ――お屋敷の外に行ける!他の子と遊べる!楽しみ!!  最近苛々していた理由を、母はちゃんとわかってくれた。それそのものがお夏は嬉しくてならなかった。  町の広場に行くと、お夏より地味な着物を来た子どもたちがたくさん鬼遊びをしていた。お夏は元より社交的な性格だったので、すぐに彼らの中に飛び込んでいったのである。 「ねえ、お夏も遊びに入れておくれ!」
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