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本編
突然だが、“運命は変えられる”と言ったら、貴方は信じられるだろうか。
まあ難しいだろうとは思う。そもそも、運命とか意味が分からないと言われそうだ。あまりにも現実味がなさすぎる。
なら、予知能力はどうだろう。こっちの方が、多少とっつきやすい気はするが。
現実味は相変わらず皆無だが、どんな感じなのかは想像しやすいとボクは考えている。
……その現実味がない力を、ボクは性格の悪い神によって授けられてしまった。
まずは予知夢として、未来に起こる“運命”を見る。その“運命”が気に入らなければ、介入して結末を変えてしまう事もできる。概要をザックリと説明してしまえば、こんな感じである。
この力を使って運命を大きく変えたが故に、代償としてボクは若くして命を落とす事になった。その結末に対し、多少やり残した事はありながらも、後悔はしていない。
そのはずだったんだが……。
「あの時確かに、ボクは死んだはずなんだけど……」
頬杖をつきながら、ノートにカリカリと考察を記していく。もう何冊目か忘れてしまったぐらい書き込んでいるのだが、未だに答えは出てこない。
ボクがあの時、死んだのは確かだ。死に至るまでの凄惨な痛みも、そこから眠るように意識を失ったのも、しっかりと覚えている。あれが夢だとは考えにくい。
真っ先に脳裏に浮かんだのは、あれからすぐに死後の世界へ来たという考察だ。
だが、あまりにもボクの知っている死後の世界とは違いすぎていて、この考察は間違いではないかと思ってしまう。
既に死んだあの時から2年以上が経過しているのだが、生前と同じように肉体が成長を続けている事も、考察が違うのではと考える理由の1つだったりする。死者に成長なんてあってたまるか。
次に考えたのは、“彼”だけが存在しない並行世界に何者かが意図してボクを飛ばしたのではという考察である。
これは割とあり得る物ではないかと考えてる。魂が半分しかないと友人に言われたのも、死んだ際に何らかの原因で半分になった魂が、この世界の“雲月聖”という肉体へ飛んだからではと考える事はできる。存在しないはずの“彼”をボクだけが知っている理由付けにもなるだろう。
他にも、ボクが頻繁に見る夢について説明する時に、この説を使うと1番筋が通っているのもある。
頻繁に見る夢というのが、ボクが死後に霊魂となり、“彼”の背後霊として見守るという物だ。
背後霊として過ごしている時の夢は、もはや夢と言って良いのか怪しいぐらいにリアリティがあるのが特徴である。リアルタイムで様々な出来事が起こるし、“彼”もそれに合わせて成長しているのだ。もう1つの現実世界と言っても良いのではないだろうか。
肉体が存在しないのが影響してるのか、365日何も問題なく動けるこちらとは違って、背後霊としての記憶は数日置きで途切れ途切れになる上に、全てを覚えている訳でもないのだが……。
まとめると、肉体がある状態で過ごしている時間が“並行世界”。背後霊として過ごしている時間が“元いた世界”という説だ。
……ここまで説明しておいてアレなんだけど、かなり無理のある考察なんだよな。
何で並行世界へ飛ばされたのかを説明する事ができない。そもそも、並行世界だという確証も取れないので、断定する事は未だできずにいる。
一応考えられる可能性は大体全てノートに記しており、あり得ないとは思いつつも夢オチ説について考察をしたり、異世界説を考えてみたりもした。まあ、結局どれも並行世界説ほどに当てはまる事項が多い考察はなかったが。
その並行世界説も、これ以上の進展が見られないので、行き詰まっているのが現状である。取り敢えず並行世界で今は生きていると考えているが、確証が全く取れないので心のモヤモヤは一向に取り除けない。
はてさて、どうした物か……。
「ひじりん、大丈夫?」
「……ん、大丈夫だよゆっち」
生前……と言って良いのだろうか。とにかく、ずっと前から親友のゆっちが、心配そうにボクの顔を覗き込んでいる。
彼女は、1度見たり聞いたりした情報を一瞬で記憶し、そして忘れる事がない特異体質の人間。ボクが酷く思い詰めている時の表情がどんな物か、正確に把握している彼女からすれば、心配で仕方がないのだろう。
学校でも構わずノートに考察を書き溜めているのも、やりすぎると親友を始めとする友人たちが絶対に心配して声をかけてくる。これも考察が中々進まない理由ではあるのだが、ボクが彼女たちを責める資格は持ち合わせていないので、何とも難しい問題だ。
死んだ……と思われる時期が小学6年生の秋。そこから中学3年生となった現在まであらゆる視点から考察をしても、答えが一向に出てこないので、もう諦めろと神様から告げられているような気がする。同時に、“彼”の事は忘れて生きろと言われている気もするけど。
やけに神様に嫌われてるみたいだったからね、あの人は。だからボクも神様を憎々しく思ってるし、大嫌いなんだが。
結局今日も答えは出ず、モヤモヤとした気持ちを晴らせぬまま、ボクは家路についた。
部活動に所属している友人たちとは異なり、ボクは帰宅部である。帰り道には、気を紛らわす会話をする人はいない。ただボンヤリ思考を巡らせながら、ポテポテと歩くだけ。
一向に進まない考察。代わり映えのない景色。そんな状態でボンヤリしていると、そのうち無気力になりそうである。流石に無気力になってしまうと、友人たちに要らぬ心配をかけてしまうので、時折顔を振って我に返る。その繰り返しだ。
そうやって何度目かの顔振りをして、もう自宅の近くまで辿り着いたのかと考えたその時。普段は見ない人影が、家の裏口にあり、思わず目を見開いた。
同年代ぐらいの男子だろうか。動きやすそうな姿をしていて、遠目で見てもガッシリとした体つきなのが分かる。今から走りにでも行くつもりなのかもしれない。
いやしかし、あんな人はボクが住むマンションにいただろうか。
そう思いながら歩を進めるボクは、ある程度近づいた段階で、異様な胸騒ぎを覚えた。
次いで、ヒュイと息を呑む。
「う、そ……」
何で、ボクはすぐに分からなかったのだ。
ボクが漏らした声が聞こえたのだろう。彼は……“彼”は振り返った。
「ひじ、り……か?」
背後霊として過ごしていた時の記憶が覚えている物と、全く同じ声音。肉体があると少し印象が変わってくる気もするが……いや、そんな事今はどうでも良い。
少なくとも、背後霊の時はこうして目を合わせる事はなかった。ボクの姿は見えていないから。
あの日の出来事は、今でも昨日の事のように覚えている。だが、こうして“会話”をしていると。一方通行ではない、2人だけの会話をしていると、胸の奥に封じていた寂しさがまずは溢れてきて。次に、更に奥へ封じ込めていた“彼”への愛情が、一瞬でボクの全身を侵食していった。
もはや思考する事は叶わず、無意識にボクは“彼”の胸に飛び込んだ。
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