本編

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 久しぶりに手を繋いで、ボクたちはマンションまで戻ると、澱みのない足取りで扉の前までやって来た。 「その、今更だけど良いのか? 向こうからしたら、いきなり見ず知らずの男が家に入ってくるようなもんだぞ」 「大丈夫。多分、ボクのお母さんなら……」 「その辺も変わらないのか。以前と全く」 「だね。全部お見通しだよ」  雲月夕梨(お母さん)は、ボクと似たような力の持ち主である。  ザックリ言ってしまえばボクと同じ“運命視”だ。決定的に違う点は、ボクが運命を買えられるのに対して、お母さんは結末までは変えられない部分だろう。  例えば、翌日の昼頃、車に轢かれて死ぬ未来を観たならば。その人物は必ず死ぬ。家から一歩も出なかったとしても。  そこに至るまでの過程は変えられるらしく、事が起こる前に準備をしておき、その後の処理を多少楽にしたり、覚悟を決める時間を少しでも長く確保する事が可能だと聞いている。 「……初めて聖の母さんに会った時も、俺の来訪を見透かされてたな、そういえば」 「大まかに1日の出来事を“観ている”らしいからね。だから、大丈夫」  そう口にして、ボクは扉を開けた。  玄関口に置かれた靴を見ると、どうやら両親どちらもいるのが分かった。雲月優翔(お父さん)も“彼”に会うため、早めに仕事を終わらせたのかもしれない。  お父さんは、“彼”に対してどんな反応を見せてくれるのだろうか。 ……何気に、お父さんと“彼”が会うのは初めてだったな。向こうの世界では、ボクが幼稚園生の時に亡くなっているから。 「お、帰ったねぇ聖。そっちの人は……ゆーちゃんが言ってた“彼”かな?」 「ただいまお父さん。うん、“彼”だよ」 「そっかそっか。彼氏?」 「……大切な人」 「へえ、そうなんだねぇ。あ、はじめまして。僕は雲月優翔。聖の父です」  ニッコリ笑って出迎えてくれたお父さんを、――は少しの間だけ呆けたように見つめてから、目を細めて笑顔を見せた。 「――です。よろしくお願いします」 「うん、よろしく。いやあ、それにしても凄いガタイが良いね。スポーツ選手?」 「あ、器械体操を少し」 「体操か! 道理で全身の筋肉がバランス良く発達してる訳だ」  お父さんと“彼”は何やら波長が合ったようで、ボクをほっぽり出して2人で話し始めた。まあ、いきなり拒絶されなくて良かったの安堵感が強いな、今は。  その間に、台所で作業をしていたらしいお母さんも顔を出した。 「聖、おかえりなさい。それと、いらっしゃい……で正しいかしら?」 「良いんじゃない?」 「……! 聖のお母さん、ですよね」 「ええ。雲月夕梨よ。よろしくね」 「……はい」  “彼”が何を思ったているのか。どんな感情で押し潰されそうになっているのか。この場で理解してるのは、きっとボクだけである。  元いた世界では、お母さんは既に死亡している。確か、ボクが死んだ翌日だったか。  お母さんと――は、たまにボク抜きで喫茶店に行って話し込むぐらいには仲が良かった。娘のボクとは別ベクトルで、“彼”の事を可愛がってたと思う。  当時は自らの両親をそこまで信用してなかった“彼”も、お母さんは信頼できる大人として接していた。だからこそ、亡くなった時の衝撃は大きかっただろう。  ほんの一瞬だけ涙が落ちそうになっていたのを、ボクは見逃さなかった。 「立ち話もアレだし、君も座っちゃいなさい。もう少しでクッキーできるから」 「お、ゆーちゃんのクッキーは美味いから楽しみだな〜」 「ゆーくん空気を読む! 今は“彼”に出すのが先でしょ!」 「ちえーっ」 「……後で作るから」 「やった、ゆーちゃん大好き!」  夫婦漫才に慣れているボクは、それを軽くスルーしながら紅茶を啜る。“彼”は「うへぁ」と言いたげな表情を浮かべているが。  40と……何歳だっけ。あまりにも2人が若々しすぎて娘のボクも分からなくなってるのだが、幼馴染付き合いから始まり、ずっとこんな感じの関係性で来ているらしい。もう呆れるを通り越して尊敬できるレベルだ。 ……ちょっとだけ、ボクと“彼”の関係を重ねて見ていたのは内緒である。 「傍から見た俺と聖って、もしかしてこんな感じだったり……」 「うっ、ちょっと否定できないかも……」  頑張って人前ではイチャイチャしないように気を遣ってはいた。だが、ボクたちの関係を応援している友人の前だと、途端に気が抜けてしまう。割と遠慮なく、“彼”の近くにいた気がするし、容赦なく惚気てた気もする。  あまり気にしてないと口にしてた親友も、案外今の“彼”みたいな反応をどこかでしていたのかもしれない。 「ゆっちに謝ろうかな、向こうの世界で」 「えっ」 「彼女も……と言うか、亡くなった人は全員――の近くにいるからね? 何人かは貴方の魂と同化してるっぽいし」 「……マジ? 俺の魂、いつから亡霊の住まうシェアハウスみたいになったんだよ」  うーん、ボクが死んだあの時……よりも前からじゃないかな。最初に亡くなった“彼”の親友が入居者1号だと思う。 「いつ戻れるか分からないが、確認はしてみるか。不幸中の幸いで、死にかけてるから霊的な何かが見えるようになってるかもだし……」  軽く考え事をする“彼”の横顔も素敵だなと思いながら。またボクは紅茶を啜るのだった。
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