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第10回転生「勇者」
「美月さん。地球はもう11月のようですよ」
「えっ!マジ?
わたしが死んだのっていつだったっけ?」
「確か20000年前の11月です」
「マジか……てか20000年も前なんだ!?」
美月は時の流れは早いなーと遠い目で呟く。
美月の父や母はもうとっくに
この世を去っているだろう。
「美月さん、これが
最後の異世界転生モニターとしての仕事です」
心なしかいつも笑顔の山吹が寂しそうに見える。
これで最後の異世界転生か。
そう思うと感慨深い。
今まで本当に酷い転生をしてきたが
山吹との日々は楽しかった。
この転生が終わったらもう山吹とは会えないんだ。
寂しくなるな。
病院で過ごしていたときはほぼ独りの時間だった。
父や母は会いに来てくれるけど
すぐに独りになってしまう。
だけどここでは独りになることなんかなくて。
毎日が楽しくて幸せだった。
「ねえ、山吹今度は
ファンタジー世界じゃないでしょうね」
「もちろん、ファンタジー世界です」
「もうっ……山吹。
これはファンタジーハラスメントです!!」
冗談めかしながら笑う。
本当は今にも泣いてしまいそうだった。
「ふふふ。それでは、いってらっしゃいませ」
「うん。行ってくるね!また後で!」
山吹はコーヒーを手にポチを見上げていた。
「今頃、美月さんは
何をしているのでしょうかね……。
美月さんが帰ってきたら
新しい転生先のリストを用意しないと。
……寂しくなります」
「ただいま!」
美月が白い扉から顔を覗かせた。
山吹は立ち上がり美月を出迎える。
「おかえりなさいませ、美月さん」
「もうホントに最低な異世界転生だったわ!
神様にクレーム伝えてくれた?」
「ええ。お伝えしたのですが、
どうやら最後の転生に間に合わなかったようでして
『ごめんよ〜次はもっといい環境用意するから!』」
とのことでした」
「神様ってそんなフランクな感じなのね……」
「では、最後の異世界転生のお話を
お聞かせください」
最後という言葉に胸がキュッと締めつけられた。
わたしが転生したのは『ダークエリュント』
という世界よ。魔王と勇者が存在する世界で
わたしは勇者の印を持って生まれた。
輝く金髪をポニーテールにしてキリッとした
赤い瞳が特徴的な女勇者だったわ。
17歳になって、わたしは人々を脅かす魔王を
倒すためパーティーを結成して旅に出るの。
旅の途中は大変だった。
茂みからモンスターが飛び出してくるし、
山賊にも出会った。
仲間が身ぐるみを剥がされそうになったけど
わたしが成敗したわ。ふふん。
魔王の配下が襲ってきた時は
どうしようかと思ったけど魔法で壊滅できた。
そういえば、わたし強かったんだって思い出して。
魔王城の玉座に魔王は座っていたわ。
紫の顔に黒い角がいかにも魔王って感じだった。
「よく来たな、勇者どもよ」
魔王はそう言って降りて来たので
わたしは一発光魔法を打ち込んだ。
魔王が一瞬怯んだ隙に炎の連続攻撃。
でも魔王には傷ひとつついてなくて驚いた。
そして、思い出した。
魔王を倒すにはドラゴンソードという
勇者のみが扱える炎の剣が必要だということを。
迂闊だったわ。
でも諦めずに魔王と戦った。
仲間も援護してくれてようやくわたしの
攻撃が効いたの。
だけど、魔王が吐いた毒の血がわたしに
降りかかった。
そして魔王とわたしは相討ちになって死んだの。
最後の異世界転生も散々だったわ。
「それは、散々な異世界転生でしたね」
「ホントよ。今回もファンハラだったわ」
「……さあ、次は美月さん自身の意思で
新しい人生を始めましょう」
山吹が赤い本を取り出して、美月に渡した。
「何これ?」
「これは転生リストです。
この中から好きな転生先を選んでください」
山吹との別れの時間が迫っていることに気づき
切なさを感じた。
「山吹、今までありがとね」
美月は山吹に手を差し出した。
山吹は彼女の手を握る。
「こちらこそ、今までありがとうございました。」
その言葉が胸の奥に沁みる。
まるで親友との別れみたいだ。
いや違う。
山吹はとっくにわたしにとって大切な存在だった。
親友なんだよ。
「どの転生先がいいかしらね。
やっぱり地球の日本が1番だし、ここにするわ」
わざと明るい声を出して笑顔を見せた。
「そうですか。
美月さん、どうか幸せになってください」
「うん。絶対幸せになる」
これ以上ここにいると泣いてしまいそうだ。
美月は白い扉の前に立った。
もう山吹とは会えない。
でもわたしが寿命を全うしたその先で
また会えるかな?
美月は学校の帰り道での友達との別れ際のように
手を振った。
「じゃあね、山吹」
「さようなら、美月さん」
美月が扉を開いた瞬間白い光が溢れた。
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