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「ごめん。でもね、一度作者が完成させた初稿は、編集によるチェック――校正が入る。不慣れな新人となれば、何度も作者と編集者の間を原稿が往復して、質を上げていくことだってあるだろう。しかし、大絶後出版はその辺が実におざなりだ」
「……僕の筆力を信じているからですか?」
「いいや。君が、作者というお客様だからだ。なにしろ君は、世界に名だたる名シリーズに育て上げたい作品を引っさげたお客様だ。その自信作に、ここを直せ、ここはおかしい、これでは話に無理がある――そんな厳しいことを言って、へそを曲げられたらどうする? お客様は誉めそやして、気分良くなっていただかないとね。気持ちよくお金を払ってもらわないと、困る」
「そんな……それじゃ、ただ甘やかされて、作品の質が……」
「上がらないね。拙い文章でも、個性的な文体ですね、文章には正解はないですから、とか言ってほぼスルーさ。それで商業に耐えないレベルの文章が世に出ても、作品の責任はすべからく作者にある。さっき触れた装丁といい、大絶後出版で出す本で勝負するのは君に不利だろう?」
「………それって、詐…………」
「おっと、言葉に気をつけてくれ。君が言ったんだぜ、見積はもらっているし、納得もしているって。ただ言外の前提条件に誤解があったということさ」
「でも、売れなくてもいい本を、この出版不況に作るなんて」
「逆だよ。娯楽の多様化と少子化で、本の売上数は伸びない。それなら確実に、売上と利益が前払いで確約されるサービスをやる。出版不況だからこそ、大絶後出版の共同出版は輝くんだ。本を作るだけなら、同人誌でもできる。そこに様々な付加価値をつけて、通常の同人誌制作では考えられないほどの利益を大絶後出版に生み出す仕組み。それが、君が利用しようとしているサービスだ」
「同人誌……。あ、そうだ、ISBNコード……」
「うん?」
「そうそう! 同人誌ではなく一般に流通させる本には、ISBNコードがいるんですよね? 大絶後出版の共同出版なら、それをつけてもらえるんですよ!」
「君が申請してもつけてもらえるよ。当然有料だけども」
「OMG……。じゃ、じゃあたくさん部数を刷っても無意味じゃないですか……」
「ところが、部数には、単純に金額を上げるのとは別のメリットもある」
「……と言いますと?」
「アタロウくん、君、倉庫代の話とか聞いてる?」
「あ、聞いてます。余った本の置き所として、大絶後出版が有料で倉庫を貸してくれるって。僕はお金がもったいないから自宅で保管する予定ですけど」
「そういう人は多いだろうね。しかし、そこで例の大部数だ」
「はあ」
「文庫サイズならともかく、大判サイズで大部数ともなれば、段ボールいくつ分になるだろう。たぶん、契約書には、書店の棚から本が返ってくる期限が明記されてるんじゃないか。出版から二ヶ月後とか三ヶ月後とか」
「……二ヶ月後です」
「そうか、それは全部在庫だ。ではそうして返送されてきた本は、どこで誰が売って、誰が買えるだろう? 通販でさばけるか? 販売の機会を失って君の部屋の一角に置かれ続ける、何個も積み上がった大きな段ボールを、君は延々見つめ続けることになる。心を込めて一生懸命に書き上げた、でももう売れることのない二百万円の本を、毎日毎日だ。お金を払ってでも、見えないところで預かって欲しいと思うんじゃないかな」
「……てことは」
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