アタロウくんは本が出したい

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「そこで大絶後出版の倉庫の出番というわけだ。アタロウくん、本の販売において、初速というのは聞いたことがあるよね」 「あ、はい。新刊は発売後一週間、長くても一ヶ月で販売上の評価が決まるっていうやつですよね。よくSNSで作家さんが話題にしてます、死活問題だって」 「見方を変えると、ほとんどの本というのは、発売直後に最大の売上と利益を生み出すといえる。その後は大抵、新発売時よりは売れ行きの鈍い在庫になる。どんな良書でも、基本それは変わらない。しかしだ。発売後、一ヶ月後どころか何年経っても、同じ本で利益を生み出し続ける方法がある」 「えっ? どうやって売れ続けるんですか?」 「違う。はない。でもだけは生み出せる」 「え? あっ!」 「そうだ。大絶後出版の、だ。これは本当に、ビジネスとして天才的な発想だと、個人的には思う。本が完成して発売され、初速期間を終え、在庫はたんとあるが書店には置かれず、細々とネット通販やイベントで売るくらいしかなくなっでも、。これは凄い。本をビニールにでも包んで段ボールごと倉庫に運び入れた後は、なんの手入れも必要ない。ただ、春夏秋冬置いておくだけだ。むろん実際には倉庫の建設費や場所代、管理費などがある程度かかるだろう。しかし本は腐らない。冷蔵の必要も、賞味期限の管理も必要ない。倉庫に置いておくだけで金を生む商品! まさに夢のビジネス!」 「……自動的に、、お金を生む……」 「そうだ。お金を払うのは本の買い手(読者)ではなく、徹頭徹尾書き手(作者)だから。大絶後出版がもたらすサービスのコストは、すべて君が持ってくれる。『作者がお客様』の構造は鉄板だ。前払いかローンで金の回収リスクはなし、利益は商品ができた時点で確定し、余計なことをしなければそれ以上減ることはない。売れ残りはお客様が自ら引き取りで在庫リスクもゼロ、さらに上手くすれば倉庫を貸して継続的に利益を生み続ける。どの企業でも在庫圧縮して減らせ減らせの時代、在庫を持っているで金を生み出す商品なんてほかにないぜ。大絶後出版とすれば、血道を上げて推奨するわけだよ。ちなみにもう処分したければ、処分費用という形でも最後にお金が取れる。君からね」 「凄い……それであんなに持ち上げてくれたんですね……賞をとれないような僕の作品を……」 「商売だからね。お客様の望むサービスを提供して、代価をもらう。それだけさ。ただ大絶後出版の場合、やはり、金額とは別のところでの重要事項の説明不足は否めず、よくトラブルになっている。それでも、あくまで記念のために作る本だからと、大絶後出版の仕事に満足しているお客もいるのは確かだ。その場合は、できるだけ作者の希望が通った本づくりができるといいね。なにしろ、額が額だから」 「そうですよね……大金だもんな」 「そう。百万二百万というのは、人生の節目に動く額だ。よほど裕福ならともかく、ちょっと記念に本でも作ろうかな、という金額じゃない。場合によっては、周囲との人間関係にダメージを与えうる――与え続けうる額だよ。たとえば小説家を志す子供が、親から百万単位で借金してまずい本の作り方をすれば、後々まで負い目になったりとかね。親子関係にも巨大なヒビを入れられる金額なんだ。だからもう少し丁寧に扱ってもいいと思うんだけどね。大絶後出版は、共同出版をやっている会社の中でも特にそのあたりが粗い」
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