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嬉しいから全力で自慢をする。
お疲れ様です、と文芸部室の扉を開く。お疲れ、と部長の灘田先輩が迎えてくれた。長い黒髪に黒のワンピース。陽の光の下にいたら間違いなく周囲の人より暑いだろう。だが今日は俺の熱量の方が確実に上だ。先輩っ、とソファに腰掛けた彼女にスマホの画面を見せ付ける。
「どうした、やけにご機嫌じゃないか。そこに何かいいニュースでも書いてあるのかい」
いつも通り、灘田先輩はクールだ。おまけに色白で細身でスタイルもいい。格好いい陰キャ女子大生ナンバーワンを決める大会があったら文庫本を片手に優勝をかっさらうだろう。
「はい! 見て下さい! 公募の文芸賞、一次予選を突破しました! 先輩に勧められた賞です。無事に通りましたよ!」
ほう、と大きな目を細めた。嬉しくて、ほらほらっ、とスマホを渡す。
「下の方に書いてあるでしょ、俺のペンネーム」
「……何と言ったかな」
「ヤシャゴです!」
「水中で高速パンチを放ちそうだ」
「それはシャコ。もう、勘弁して下さいよぉ!」
はしゃぐ俺に先輩がスマホを返した。ありがとうございますっ、とルンルンで受け取る。
「いやぁ、それにしてもまさか通るとは。文芸部に所属して二年半、最初は何一つ引っ掛かりませんでしたが最近少しずつ一次審査を通過したり、ウェブで掲載されたりするようになってきました。これもひとえに灘田先輩のご指導の賜物です! 先輩が赤入れをして感想をくれるおかげで実力が付いたと思っております。改めて、ありがとうございます!」
別に、と先輩は肩を竦める。うーん、クール。
「私は大して役に立っていない。君がいつも頑張って物語を書き、色々な本を読み、そして諦めず懸命に取り組み続けたおかげで結果がついて来たのだよ。夢を叶えるため、か。一生懸命で眩しいね」
「恐れ多いです」
「ちなみにもう一度、君の夢を聞かせてくれるかい」
「大学卒業と同時に専業作家になりたいです! 何故なら社会人として働く自信が欠片も無いから!」
「ひどく後ろ向きな理由を、よくそんな笑顔で元気に口へ出せるね。ある意味感心するし、そのメンタルがあれば社会の荒波の中でも君はやっていけるんじゃないかな」
「いえ、無理ですね! バイトですら心が折れそうになりますから。妙な人間ってごまんといるんだなって」
「それが人間という生物の特徴さ。そして、様々な人を書き表すのが物書きであると私は思う」
「同感です! 先輩、流石!」
「口だけさ。一次審査を突破した君の方がよっぽど凄い」
「ありがとうございます!」
いえい、とピースをする。もしこの賞が取れたら書籍化に加えて賞金が二百万円も貰える。ただの大学生である俺にとっては夢のような額だ。だが、しかし心に決めていることがある。
「先輩! もし万が一、俺が大賞を受賞したら賞金は山分けしましょうね! 先輩が八十万、俺が百二十万で!」
そう言うと、だからさ、と先輩は溜息を吐いた。
「要らないって。一円たりとも」
「そういうわけにはいきません。この二年半、俺がどれだけ先輩のお世話になったか。この文芸部に入るまで、俺だって結構色々物を書いてきたつもりでした。だけど先輩に校正をして貰うようになる前と後で自分の作品を読み比べてみたんです。そうしたら、昔の物はまあひどい! 構成も、台詞回しも、人物描写も設定も、何もかもが下手過ぎる! 恥ずかしくなりました。よく、あんな低いレベルで色々な賞に応募出来たなって」
内心を正直に吐露する。しかし先輩は頑なに首を横に振る。
「……だから、君の努力が実を結んだだけだって。私の影響など何の役にも立っていない」
「いいえ! 俺は、先輩に物書きとして育てて貰ったんです! 誰が何と言おうと、例え先輩自身が否定をしようと、違いありません! 俺は貴女の弟子です! だからもし賞を取れたとしたら、半分は先輩のおかげです! 賞金は、半々にすると流石に気を遣わせてしまうので四対六の割合にしますが!」
「要らない」
「駄目! 受け取って! まだ取ってないけど!」
「嫌だ」
「何故ですか! 弟子がこんなにお願いしているのに、頑固な師匠ですね!」
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