抜かれた師匠の言い分と、抜いた弟子のデリカシーの無さ。

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抜かれた師匠の言い分と、抜いた弟子のデリカシーの無さ。

「美央ちゃんも、武本君も、入部した当初は本当に文章が下手っぴだった。そして、武本君は賞を取って作家になりたい、美央ちゃんは趣味だけどどうせなら上手くなりたい、って、そう言うからさ。赤入れをしたよ。読んで、直して、アドバイスをあげて。そこまでは別にいいんだよ。だって私は先輩だから。文芸部の部長だから。君達後輩、部員を導く義務がある。そこまではいいんだよ」  ありがとうございます、と頭を下げる。だけどさ、と先輩は話を続けた。 「抜かないでよ。抜いちゃ駄目なんだよ。私、これからどんな顔をして先輩面をすればいいの? どのツラ下げて、ここはこうだからこう直しな、なんて言えるの? 偉そうに抜かしているけど実力は完全に抜かれているんだよな、って自分で自分が恥ずかしくなるよ。私が口を出したところで、通過しなかった奴が勝手にわめいてらぁ、って皆鼻で笑うよ」 「いや笑いませんけど」 「そうですよ」 「私の自尊心が、耐え切れないの」  俺と矢加部のフォローは一刀両断された。それにね、と先輩の独白はまだ終わらない。 「君達、知らないよね。アドバイスを与える側が、どれほどのプレッシャーに晒されるか」  矢加部と顔を見合わせる。俺はわからん。いつでも自由に書いて来た。矢加部も首を捻った。こいつも趣味だから重く受け止めすぎたりしないのだろう。ほら、と先輩が自嘲気味に笑い、長い黒髪を掻き上げた。 「アドバイスってさ、どうしても上から目線にならざるを得ないの。ここをこうした方がいいよ、って言うのは、上を知っている人間だから出て来る言葉なの。つまり、赤入れを求められた時点で私は強制的に偉そうな発言をせざるを得ないの。その状況を一度でも体験した上で、自分の作品を書くとなるとさ。プレッシャーが凄いんだよ。アドバイスを与えた以上、面白いものを書かなくちゃ。誤字脱字、変な言い回し、そういうミスは絶対にしちゃいけない。だって偉そうに指摘をしておいて、自分が犯すわけにはいかないもの。どの口が言っているんだ、って私だったら呆れるもん。そして君達が通らなかった賞だって、私は通らなきゃいけないんだよ。明確に上の立場にいなきゃ、ならないんだよ! なのに抜かれちゃったよ! 一次選考通過、おめでとう! 大賞受賞、凄いね! だけど私の立場は崩壊したよ! 今後二度と赤入れもアドバイスも出来ないよ! 君達の方が凄いもん! 私はどっちも、何の音さたも無かったもん! 社会人になりたくない奴とただ趣味で書いている奴に、十年以上も作家さんになることへ憧れ続けた私は負けたんだ!! 明確に結果としてお出しされたんだ!!」  絶叫した先輩は、もういいよ、と膝を抱えて部屋の隅に座り込んだ。こっちへ向けた背中はえらく小さく見える。 「もういい。もう、疲れた。才能、無いんだ。向いてないんだ。憧れと努力だけで夢が掴めるほど世の中は甘くないんだ。部長なんてもう嫌だ。ねえ武本君。賞金をロクヨンで分けるなんて申し出、この上ない屈辱だったよ」  そうなのか、と矢加部に囁く。そりゃそうでしょ、とドつかれた。 「だって先輩がここまで追い詰められているなんて知らなかったもん。感謝の気持ちでしかなかったのに」 「そうとは知らなかったくせにピンポイントで地雷を踏みぬいたね。流石武本、空気が読めない」 「お前ほどじゃないぞ矢加部。先輩が実力不足で落ち込んでいる時に大賞を取りました! って飛び込んでくるなんてどういう間の悪さだ」 「それこそ知らないもん。部室の中でこんな事態が引き起こされているなんてさ」  もういいよ……と消え入りそうな呟きが聞こえた。意を決したように、矢加部が先輩へと歩み寄って行く。 「灘田先輩、すみませんでした。わざとではなく、悪気もゼロだったのですが、どうやら先輩をひどく傷付けたらしくて。あまり納得はいっておりませんが、取り敢えずごめんなさい」  謝罪をしている一方で、自分が悪かったとはこれっぽっちも認めていないな。 「ほら、武本も謝りな。先輩の今までの恩義に報いるために言い出したことだとしても、泣かせちゃった事実は消えないんだから」  厳しい顔で手招きをしている。わかったよ、と溜息を吐き俺も二人の元へ歩み寄った。 「灘田先輩、今まで育ててくれて本当に感謝しています。本心から、先輩のおかげで実力が付いたと思っております。先輩はさっき、自分をもう師匠と呼ぶなと仰っておりましたが、俺にとっての師匠は間違いなく灘田先輩です。賞金を山分けされるのが屈辱ならば、撤回します。でも飯くらいは奢らせて下さい」 「あ、そうですよ! 私、今月末には大賞の賞金、六万円が振り込まれます! そうしたら三人で飲みに行きましょ。先輩が好きなイタリアンのお店がいいんじゃないですか?」 「元気を出して下さい」 「ね、部長」  俺達の慰めに、先輩はゆっくりと顔を上げた。そして、あのさ、と掠れた声を発した。 「私の主張、全然理解していない?」 「まあ、多分」 「先輩と違って赤入れもアドバイスもしたことが無いので、正直気持ちをちゃんと理解は出来ていません」 「抜いちゃ駄目でしょって、師匠が絶対言ったらいけないとは思います」 「プレッシャーに押し潰されそうになっていたのも自分で自分を追い詰めただけだし」 「俺らはプレッシャーをかけた覚えは無いもんな」 「一緒に賞を取れたらいいね、とは思ったけど口には出さなかったし」 「文芸部長はクールなイメージだから、ってキャラ作りをして結果陽射しに苦しめられているのと同じような自損事故かと」 「え、何その話」 「灘田先輩、文芸部長はクールキャラだと思ったんだって。だからいつも演じていたらしいよ。黒い服にはもう飽きた、色柄物が着たい、って訴えていた。あと黒は暑いって」 「マジか。先輩、可愛いですね」  俺達のやり取りに、本当にもう疲れた、とポツリと呟いた。しかし突然立ち上がり、いいかお前ら、とまた別の一面を覗かせた。色んな顔をお持ちですね。
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