第六話:●●向けボイスドラマのお仕事

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「はぁ……疲れた」  ため息とともに湯気が浴室の天井にほわほわと昇っていく。筒状の照明カバーからこぼれる淡いオレンジの光をぼんやりと見つめながら、倉庫でのしいなちゃんの言葉を思い出していた。 (恋愛なんて……演技でも無理だよ)  28歳にもなってまともに誰かと付き合った経験がないのに、恋人がいる設定の演技なんてどうやっていいかさっぱり分からない。  好きな人や素敵だな思う人はいたけれど、それはテレビで芸能人に抱く感情に似ていた。お付き合いしたいと思うまでに至らない。ただ見ているだけで幸せな存在で、自分とは住む世界の違う人。恋を知る前に親代わりになって、恋や恋愛のときめきなんて別世界の出来事だ。こんなんじゃいくら嘘でも演技のしようがない。初めから知らないのだから。 ******  「まこねぇ、これ見た!?」  洗濯物を畳んでいると興奮気味のひよりが駆け寄ってきた。 「ど、どうしたのそんなに慌てて。ていうかアンタ受験勉強ちゃんとしてる!?」  大学受験に向けて、ひよりと健は本格的に受験勉強を始めた。同じように進学を目指すクラスメイトに比べると準備が遅くなったけれど、担任の先生にも進路先の変更を伝えたら対策資料など教えてくれたという。 「今は休憩中だってば。てか、これ見てよ。今夜のコロッケの回、再生回数過去イチだよ!」
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