第七話:始まりと別れのコロッケ

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 母は私が16歳、ひよりと健が6歳の時に亡くなった。  病死だった。  ずっと入退院を繰り返して、次入院したらもう出ては来られないだろうと子どもながらに悟っていた。  入院する前日の夜、お母さんは私たちにコロッケを作ってくれた。  ――じゃがいもは必ず男爵にしてね。茹でるときは必ずお塩を入れて。お肉にも玉ねぎにもしっかり味をつけるの  母の言葉を私は必死でメモをした。  その頃の母はもう文字を書くのが難しくなっていた。身体はやせ細り、病院ではずっとベッドで寝ていたから足の筋力がなくなっていた。立つどころか座ることさえ辛かったはずなのに、台所に椅子を置いて座りながらコロッケを作った。最後の力を振り絞って、私たちに手料理を作ってくれた。  母の作る料理の中でコロッケは私たちが一番好きなメニューだった。  母が亡くなった後、三人だけの生活が始まってから最初に作った晩ごはんもコロッケだった。  そして、「おいしいおみみ」の配信を始めた時、第一話のメニューもコロッケ。  私たちにとっては沢山の思い出が詰まった、始まりとお別れの献立だ。 「だけど、コロッケのことひよりが覚えてんのが意外なんだよなぁ」 「私の記憶力舐めないでくれる? もう英語の時制と仮定法まで頭入ってっから」  煽るように指でとんとんと自分のこめかみを打つ。 「やべ。そこまで進んでんの? 焦るんだけど」 「だったら寝る前にもうひと踏ん張りしな」  ひよりと健はそれぞれの部屋へと戻っていった。もうすぐ日付が変わるような時間帯だが、二人とも勉強を再開する様子だ。  私も自分のやるべきことをやらなきゃ。  工事現場の誘導スタッフや深夜帯のコンビニのアルバイトにいくつか応募をしている。一歩一歩だけど前に進んでいる。  そう思っていた。
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