煙の書道教室

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 あれ? 空白のページができちゃった。仕方ないので先日の文フリ無配の掌編、のっけてみようか。 『ヒーロー』 「きらいだ、おまえなんか」  いうや否やスコップの土を浴びせる。  近くにいた新人保育士のわたしは、いったいなにをするの、と慌てていさめる。 「でもぼく、きらいなひと以外は好きだもん、先生のことも好きだもん」  砂をかけた子の方――ここでいうなら被疑者――は涙まじりで主張した。砂まみれの手で涙を拭こうとしている。待って、とにかく手と顔だけでも洗おうね、とわたしは誘導を試みる。砂をかけられた方の子はいつも通りの屈託のない笑顔だ。限りなく天使に近い存在だな、と究極に場違いなことを思う。ちょっと目を離せば、砂をかけた方は砂のお城の再建に(涙といわず鼻水といわず、すべてを垂れ流している状態で)に戦線復帰し、一生懸命だった。  この事例でいえば、まず被害者――砂をかけられた方――から先に事情を聞こうか。みつおかゆう君。頭のてっぺんから全身、砂まみれだ。さしあたりこの子が被害者、か。むろん、推定無罪の前提においては被害者も被疑者もない――が、現行犯とか準現行犯であればその理屈は通用しない。下駄箱近くの蛇口で砂を洗い落としながら、砂をかけられた方、被害者のみつおかゆう君は話す。 「ぼく知ってるよ、がんばってもね、なーんにもならないこと、たっくさんあるんだよ。あのね、ぼくね、もっと知ってるよ。あんなちっこい砂のお城だって、雨で壊れるし、アリだって住めないんだよ。あとで分かるんだよ、楽しかったけど無駄だったよって」  ゆう君、お話ししてくれてありがとうね。しかし、この子の真っ当すぎる正論にはわたしは生命力を殺がれる。ああくそ、ビールが飲みてえ。あ、いや、未就学児相手になにを疲れているのだ、がんばれ、わたし。次に、被疑者の方へ向かう。かとうただし君だ。 「だって、いやなことばっかりいってくるもん。そんなのつくっても意味ないとか、どうせみんなが帰ったら先生たちが壊すのに、とか。そんなこというなら砂、かけるぞ、っていっても、どうせお風呂入るからいいもん、って。だから砂、かけたんだ」 そうなんだね、ただし君。早く気付いてあげられなくてごめんね、といってかとうただしも宥めつつ水道のところまで連れてゆく。  なるほど。これでは合意の下の行為に近いじゃないか。厄介だな。本人たち同士で合意形成があっても、保護者の出方では面倒になる。  ゆう君。わたしは被害者――いや、みなし被害者であるみつおかゆう君のもとへ行く。短大を出、この仕事を始めて以来来る日も来る日も走ってばかりだ。少しは痩せたかと恐る恐る体重計に乗っても、入職前と依然変わらず。ビールの量が増えたからだろうか。あんなの、水みたいなものなのに。  ごちゃごちゃと考えているうちに面倒ごとが増えた。みつおかゆう君が頭から水やりのホースで禊をしている。これはなんというか、監督不行届きだね、うん。保護者が乗り込んで来てもおかしくないね、だっていま二月だよ? 知ってた? 「ちょ、ちょっと、ゆう君そんなことしちゃ風邪ひくよ?」しかし、子ども園にお湯の出るシャワーなどない。水浴びの前から砂はあらかた落ちていたし、手早く着替えれば済むことだ。  わたしはその場を離れる旨、先輩保育士に伝え、園舎に入る。着替えとタオル、着替えとタオル、そうぶつぶついいながらもみつおかゆう君が次に何をしでかすか知れたものでもないから、結局彼を抱きかかえてお着替えバッグのところまでまたもや走った。 「そーれ、ウルトラマーン!」 「シュワァーッチ!」  濡れ鼠のみつおかゆう君を抱きかかえ、なんとも昭和な掛け声で階段を駆け上がってゆくわたし。「シュワーッチ!」  ああそうさ、子どもの味方は古今東西ヒーローなんだよ。そのわたしが格好悪くてどうする。  園庭から先輩の声が聞こえる。「せんせー、かとう君も水浴びしたから、こっちもお願―い」  ああもう、くそったれ! もとい、シュワッチ! シュワッチだ! なんべんでもいってやるさ、 「シュワァーッチ!」 『ヒーロー』――――了
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