0人が本棚に入れています
本棚に追加
五人目の主
私は、不老不死のごく普通のメイドです。
西暦1852年、私は五人目となる主人に出会いました。
しかし、今までのご主人様と比較すると、私がお仕え出来た時間はあまりありませんでした。
ご主人様は前年に大統領が起こしたクーデターにも参加した軍人であり、あまりご自宅に滞在されなかったのです。
そのため、ご主人様がいらっしゃらない間、私は主人のいない屋敷で、主人のご家族のお手伝いをするという形で仕えていました。
私がお仕えするようになって最初にご主人様が戦場に行かれたのは1853年、クリミア戦争の時でした。
1859年には、第二次イタリア独立戦争に参加されました。
私とご家族は、ご主人様が戦場に向けて出発される度、心配していました。
もしかしたら、二度と帰ってこないのではないかと。
しかし、そのような心配は無用でした。
ご主人様は戦争が始まる度に私たちの前から消え、そして戦争が終わる度、無事に私たちの前に現れたのです。
ご主人様が強かったのでしょうか。あるいは、とても運が良かったのでしょうか。
どちらにせよ、戦場に行った者の大半が生きて帰れないとされていた当時としては奇跡的な事であり、私とご家族は大いに歓喜し、そして、幸運に感謝しました。
1861年、ご主人様はメキシコでの戦争に参加されました。
ご主人様の帰還を願い、私たちは無事を祈り続けました。
そして1866年、ご主人様は戻られました。
しかしー
左肩を負傷し、下半身を失ったご主人様の姿を見て、ご家族様は泣き崩れておられました。
私もショックを受けましたが、無事にお戻りになられただけでも救いだと自身に言い聞かせました。
その後、ご主人様は戦場には戻らず、平民として生活なされました。
私はご家族と共に、ご主人の生活を全力でサポートしました。
1889年、ご主人様が完成したエッフェル塔を見たいと仰ったので、私たちはご主人様をお連れして向かいました。
完成したばかりのエッフェル塔はとても優雅でした。
それを見上げ、ご主人様はふと呟くように言われました。
「これで、もう思い残すことはないな…」
それを聞き、私はご主人様の心中をお察ししました。
ご主人様は障害があった上に家族思いでしたので、私や家族にこれ以上迷惑はかけられないと考えておられたのです。
それから程なくして…
ご主人様は海に飛び込み自殺しました。
私の五人目の主人は入水しました。
私は海に黙祷を捧げ生き続けました。
最初のコメントを投稿しよう!