歪な天使

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天使のデザインか。 「愛」とか「純真無垢」とか、そんな意味があって、君みたいな若い子に人気の柄。 左右の肩甲骨に羽根を入れて、背骨のあたりに人の形を彫る。 格好いいよね。 ただ、俺が天使のオーダーを受けた場合、必ず客に話してることがある。 施術は全部で5回だけど、あと1回で完成するって時に、何故か皆店に来なくなる。 理由ははわからない。 でも、1人だけタトゥーを完成させた男がいる。 そいつの話は聞いておいてほしい。 そいつはアスカっていう、二十歳くらいの男だった。 アスカと初めて会ったのは、俺がまだ別の店で彫師の修行中の頃だった。 アスカはその店に客として来てて、お互いタトゥーは和柄より洋柄の方が好きだったり、たまたま地元が同じで年齢も近かったり、気が合ってよく話をした。 アスカは小柄で優しい顔のやつで、「いつか自分に似合わないくらい大きいタトゥーを入れるのが夢なんだ」って、よく言ってた。 「その時はお前が入れてくれよ」なんて言われて、「俺が自分の店を持つまで待ってろ」なんて返して。半分本心だったけど、アスカは俺が何を言っても茶化さないやつだった。 俺は片親でずっと母親に苦労させてきたから、早く一人前になりたいけど彫師の仕事を母親が認めてくれないって言った時も、あいつは真剣に話を聞いてくれてたな。 俺が初めて師匠から大きい絵柄を任された時、体を貸してくれたのがアスカだった。 その時のデザインが天使だった。 アスカは何となく選んだみたいだけど、俺は天使の意味を調べれば調べるほどアスカにぴったりだと思った。 人に対する愛がある人間だと思っていたからね。 でも、アスカの綺麗な背中を見た時、失敗するのが怖くて手が震えたよ。 案の定、出来は酷いもんだった。 皮膚はボロボロに傷ついて血が溢れるし、仕上がった線は不格好に歪んでる。 痛みなんて相当なもんだったはずなのに、アスカはずっと「ちゃんとやれよ」って優しく声をかけてくれて、何とか終わった時も「すげえじゃん」「がんばったじゃん」て褒めてくれたよ。 今思えば、アスカはたぶん、良くも悪くも人間の痛みに鈍感なやつだったんだ。
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