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アスルとローサは背の高い岩山の上で一夜を過ごした、ビッグボアの死骸に肉食の獣が群がって来る可能性があったからだ。
空が段々と白んできた、遠くに見える東の山の間から太陽が登り始めたからだ。
アスル(まぶしい…………)
先に目を覚ましたのはアスルだった、ローサはまだ起きる様子も無い。
アスルは岩山の上から今日進む積りの峡谷やその峡谷へ延びる道を見渡していた。
アスル(……?何だ?……)
北の方角から峡谷の方へ馬車が似合わない速度で向かって走って来ている。
アスル(貴族の馬車……)
無駄に飾った装飾と家紋の様なマークがみえた。
アスル(此方に向かって来るな……?!追われているのか?)
馬車の後ろに数頭の馬が剣で切り合いながら進んできている。
ローサ「ありゃ盗賊にでも襲われてるのかな……」
アスルの肩越しに覗きながらローサが言った。
アスル「無視だな」
ローサ「助けよう」
二人は同時に言ったが言葉の意味は正反対だった。
アスル「人目に付くのは駄目でしょ!」
現在の二人の状況なら正論である。
ローサ「でも本当はアスルも見捨てられないんでしょ」
馬車の方向を共に見ている二人の顔は正反対!ローサはニコニコと笑っているがアスルは苦虫を潰した顔だった。
アスル「……もぉぉ!!」
アスルは岩山を飛び降りると馬車の方へ駆け出した。
ローサ「そんなアスルが大好きだよぉぉ!」
後を追って叫びながら飛び降りたローサだったが直ぐにアスルを追い越して行ってしまった。
野盗に追われ三人の従者が馬車を追走しながら応戦していたが一人が首を切り付けられると抵抗虚しく力無く落馬した。
相手の野盗は数を減らされたとは言えまだ十騎程は残っていた。
御者の男「奥様駄目です!これ以上は車輪が保ちません!」
馬車は二頭の馬が引き全速で駆けるも車輪の方が限界を迎えていた。
ミレッタ「(逃げ切れませんか……)やむを得ません!馬車を停めなさい!」
主人であるミレッタの指示で御者は馬車を停めた。
野盗「やっと諦めたか!」
馬車が停止するのを確認した野盗達はグルリと遠巻きに包囲した、馬から降りた従者は囲まれ馬車に近寄れないまま口惜しそうに剣を構える。
ミレッタ「アニタ!サレンを頼みます」
短剣を持ち震えているメイドのアニタにサレンの事を託すとミレッタは意を決してキャビンから降り立った。
ミレッタ「お金が必要ならば渡します!ですがこれ以上の狼藉はウィンザーの名の下に許しません!」
ミレッタが出てきた事を見て野盗側も首領格の男が手下を引き連れ前面に出てきた。
野盗の長「金目の物は当然頂く!女は売れるが男は皆殺しだ!」
野盗たちに慈悲などある筈もなく長の号令と共に全員で襲い掛かってきた。
従者達「痴れ者が!」
僅か二人となった従者達は最後の気力を振り絞り応戦するが多勢に無勢である。
直ぐに取り囲まれ従者の一人エリオットが左腕を切り付けられた、其処より離れてミレッタにも三人の野盗が迫り御者を切り付け押し倒す。
「ガキンッ!」
ミレッタの構えた剣を弾き飛ばした野盗の長はそのまま剣先をミレッタの喉元に突き出した。
ミレッタ(貴方……)
恐怖のあまり目を瞑った瞬間、一陣の風が砂塵を巻き上げる。
野盗の長「ガハッ……」
そのうめき声を耳にしたミレッタは薄く目を開くと目の前に小さな空気の渦らしきモノがみえた。
「ズサッッ」
次に音を耳にすると眼前まで迫っていた野盗の長は目を見開き口から吐血している、その後ろにほくそ笑みながら付いて来ていた部下二人は仰け反りながら地面に転がっていた。
「バスッバスッバスッバスッ!」
かたや従者達の方では四回鈍い音が鳴り響くと周りで四人の野盗達が気を失った様に力無く倒れた。
驚いて立ち尽くしているミレッタの前で小さな渦は回転を止めユックリと人の形に変わってくる、その影はミレッタに笑い掛けていた。
ローサ「安心して!助けてあげる!」
そう言うとローサはミレッタに背を向け残りの野盗達の方へ身構えた。
従者達の方では頭を射貫かれた四人を置き去りにし残りの残党は逃げ出し始めていた。
残りの野盗「ヒ……ヒィィ!」
逃げる野盗達と従者達の間にサッと長い髪の少女が現れる。
アスル「見逃すわけないじゃん!」
そう言うと逃げる三人の内二人は頭を射貫かれ残りの一人は背中を射貫かれていた。
背中に当たった者は暫くフラつきながら歩を進めたが直ぐに力尽きて倒れた。
ローサ「アスル!まだ岩山に人影が!」
アスル(あの距離では届かないか……それに逆光で……)
岩山の人影は暫く此方を観ていたが直ぐに逃走していった。
アスル(追ってこないことを祈るしか無いか……)
アスルも岩山まで追ってみたが辺りに其れらしき影も見当たらなかった為に追うのを辞めた。
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