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祖父の家の庭には、古い蔵がある。祖父によれば江戸時代に建てられたとか。その中は暗くてほこりっぽく、奥の方から地層のように先祖代々の様々なものが詰め込まれている。
夏休みのある日、祖母に頼まれて、僕と祖父は蔵の中にいた。法事で使うお膳を探してこいと言いつけられたのだ。甲子園に夢中であった祖父は文句をぶつぶつ言いながら、重い鉄製の鍵の束をもって、僕を連れて蔵に入った。
外は三十度を超える気温であったが、蔵の中はひやりとしている。分厚い土壁のせいで、外の蝉の声も聞こえない。
「あぁ、めんどくせぇなぁ」
「さっさと見つけちゃおうよ。どこらへん?」
「さぁ」
はっきり言って僕はその蔵が苦手だった。おばけでも出そうで怖かったからだ。しかし急かす僕に、祖父はあくび混じりの返事である。しかたなく、僕は食器と書かれたダンボール箱を見つけて、そのあたりを探し始めた。
揃いの食器が入れられたダンボールの底に、何かが入っている。本、だろうか。ごそごそと頭をつっこんで取り出すと、和綴じの古い帳面のようだった。
「なんだこれ」
「うん?」
祖父は僕の手元をのぞきこんだが、首をひねるばかりである。帳面のほこりをふっと吹いて、そっとめくってみる。中には墨で何かが書かれていた。
「なんか、下手な絵日記みたいな……」
「ご先祖様の絵日記かいな」
よくは読めないが、日付と文面、その横に簡単な絵が描かれている。
「それにしても下手だなぁ」
その絵は手足がひょろひょろな人間のようなものに、その肩から柿の種みたいな形のものが両肩に一つずつくっついており、頭の上には饅頭が浮かんでいる。
「読める?」
祖父に絵の横の文面を読んでもらおうと渡すと、頭の上にあった老眼鏡をかけて祖父はその帳面に顔を近づけた。
「えぇと、なんだ、うーん、てんこ? 点々の点に子供の子って書いてあるな。この点子が庭の松の木のところに現れた、とあるな。妹の熱が下がらず三日松の木に祈っていたら、この点子が現れて、気がついたら松の木の下で眠っていた。そんで起きたら妹の熱が下がっていた、とそんな話だ。作り話か? でも一応日付があるんだな。明治十五年の八月三日とあるな。今日じゃねぇか」
僕はその話を聞いて、ふと思いついた
「てんし、じゃない? それ。てんこ、じゃなくて」
「てんしー? そんな大層なもんがあの松の木のとこに出たのかよ」
「ほら、この絵もよく見たら、これが羽、これが頭のわっかじゃない?」
「そうかー?」
「あの松の木にそんな力が……」
その僕の言葉を聞くと、祖父はにやりとして蔵を飛び出した。暗い蔵に一人で置いて行かれるのは避けたい僕は、慌てて祖父を追った。蔵を出ると、松の木の下で祖父が柏手を打っている。天使にも柏手であってるのだろうか?
「えぇー、てんしさん、てんしさん、どうぞどうぞお膳を見つけ出してください。お願いいたします」
祖父はそう言うと、もう一度柏手を打った。僕ははっと松の木を見上げたが、もちろん天使など現れるはずもなく、柏手に驚いたのか、蝉がおしっこを飛ばしながら飛び立っていった。
「なんてなー」
祖父は笑いながら再び蔵に戻っていった。せわしないじいさんである。
蔵に戻ると僕は帳面を横に置いて、再びお膳の入った箱を探そうとあたりを見渡していると、祖父の尻ポケットに入っていたスマホが音を立てた。祖父はやれやれというように電話に出ると、祖母の大きな声が僕のところにまで漏れ聞こえてくる。はっきりとはしないが、まだ見つからないのかと催促しているらしい。祖父ははいはい、と嫌そうに返事をして、祖母のしゃべっている途中で通話を切ってしまった。
「こっちは天使様にお願いまでして頑張って探しているのによー。うるさいばあさんだ」
ため息をつきながらスマホをしまおうとする祖父の手から、それはするりと落ちて、足元においてあった段ボールの上でワンバウンドして、するっと床に落ちてダンボールとダンボールの間に入ってしまった。
「おいおいおい、ばちがあたったかー?」
祖父はしゃがみ込んでスマホの行方を追ったが、もう一度スマホが着信を知らせるように音を立てて光り出した。そしてその光に浮かび上がるようにして、段ボール箱に書かれた「膳 十ケ」という文字を見つけた。
「おじいちゃん、それだそれだ、ほら、膳って書いてある」
「お、ほんとだ。天使のおかげか?」
僕は腰の痛そうな祖父の代わりに、いまだ音を立てるスマホを拾い上げた。画面には祖母の名前が表示されている。
「天使とおばあちゃんのおかげだね」
「天使と悪魔ってか?」
祖父が楽しそうに笑うと、祖父の肘が高く積んであった箱にあたり、上に置いてあったたくさんのハンガーが祖父の頭の上に落ちてきた。
「いて、いてててて」
「それはきっとばちだね」
「ちがいねぇ」
僕たちはやはり祖母の命令には逆らえない運命なのだと、なんとなく思った。
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