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 「ごめんなさい。」  言葉は、意識するまでもなく自然と口からこぼれ出ていた。それを聞いた慎一郎さんは、首を傾けて俺の顔を覗き込んだ。  「どうして謝るの?」  「……。」  上手く言葉が紡げなかった。俺がゲイじゃなければ、と思った。しょっちゅう思っていることではあった。俺がゲイじゃなければ、母親は俺を愛してくれただろうか、とか、友人を作ることができただろうか、とか、屈託なく恋人と笑いあえただろうか、とか。でも今の、俺がゲイじゃなければ、は、その先に続く言葉が不確定だった。俺がゲイじゃなければ、慎一郎さんにこんなことをさせずに済んだのだろうか? それとも、もっとあっさり抱きあうことができただろうか? よく、分からない。  「難しいことを考えてるね。」  慎一郎さんが、俺の手を取って、彼の白いシャツの一番上のボタンに導いた。  「いつも、亮輔くんは、難しいことを考えてる。」  それが俺には、もどかしいような気がする。  そう言った慎一郎さんに促されるまま、俺は指に触れたボタンを外した。もどかしい。慎一郎さんの言うことは、俺にはよく分からなかった。  「脱いでよ。」  慎一郎さんが、軽い冗談でもいうみたいに、俺のシャツを引っ張って脱がせる。本当にこのひとは俺とセックスするつもりなのだ、と、改めて思って、身体が震えた。そんな情けない俺を、慎一郎さんは正面から両腕で抱きしめてくれた。  「こんな若い子捕まえて、なんか悪いことしてる気分になるね。」  やっぱり冗談みたいな慎一郎さんの言いようは、緊張をほぐそうとしてくれているからだと分かっていた。慎一郎さんだって、隠しきれないくらい緊張しているはずなのに。だから俺は、やっぱりどうしようもなくこのひとが好きだ、と、ようやく自分の中で認めた。認めることは怖かったし、認めてはいけないと理解もしていた。それでも認めざるを得ないくらい、慎一郎さんの肌に触れて、俺を思いやってくれる言葉を聞いて、恋情がつのっていた。  今夜だけは、と、念じるように思う。  今夜だけは、このひとといたい。その後を求めたりはしないから。俺の幸福はこの一晩で使い果たすから、今夜だけはこのひとといたい。
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