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 慎一郎さんは、アパートの前で俺を待っていてくれた。  「すみません、寒いのに。」  そう言った瞬間、一気に涙があふれて来た。翔真の前で堪えていたものが、慎一郎さんの顔を見た瞬間に堰を切ったのだ。俺はこの人の前で泣いてばかりいる、と、そう思って涙を止めようとしても、止まらなかった。  「いいんです。さっきまで商店街歩いて雪見てましたし。」  慎一郎さんは、成人男性の唐突な涙にも動じた様子を見せず、穏やかにそう言った後、俺の肩を抱いてくれた。俺は、これまで誰かにそんなことをしてもらったことがなかったので、どうしていいのか分からずに身体を強張らせた。身体のどこにどう力を入れれば、上手くこのひとの厚意に応えられるのかも全然分からなかったのだ。  子供の頃は、いつも一人で泣いた。母親は忙しく働いていて、そんな彼女の邪魔はしたくなかった。翔真と暮らしてからは、泣かなくなった。感情をむき出しにしたら、翔真に面倒くさがられると知っていた。だから、こんなふうに誰かにいたわられながら泣いた経験が、俺にはなかった。  「大丈夫ですよ。」  慎一郎さんは、ごく低くそう言って、俺を抱き寄せてくれた。ひとになつかない野良猫を呼び寄せるときみたいな調子をしていた。  いくら人通りの少ない商店街の外れだからと言って、慎一郎さんの知り合いが通らないとも限らない。俺は、焦って涙を止めようとして、なおさら混乱して肩を震わせた。すると慎一郎さんは、大丈夫、とまた囁きながら肩をさすってくれた。そうすると俺は、身体の力を抜くことができた。ひとに甘えて泣く方法を、生まれてはじめて習得した感じだった。こんなふうに、ぐらぐらに脚の力を抜いてしまってもいいのだ。  数分間は、そうやって泣きじゃくっていたと思う。ようやく涙が引けた後、押し寄せてくるのは当然、恥ずかしさだった。  「……すみません。なにからなにまで。」  「いいんです。」  「ご迷惑を、おかけして。」  「お気になさらないでください。」  慎一郎さんの顔が、まともに見られなかった。俯いて、自分が踏んでぐしゃぐしゃにしてしまった、足元の雪の形を目でたどった。なんだか、自分がうんと小さな子供に戻ってしまったみたいな気がした。  「店に戻りましょうか。身体が冷えたでしょう。珈琲を淹れますから。」  「でも、」  部屋を探さないと。言いかけて、言葉を飲み込んだ。今はもう少し、この底抜けに優しいひとの胸を借りていたかった。
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