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 それから俺は、慎一郎さんの喫茶店に通うようになった。お客さんが少ない夜中や、雨の日に。慎一郎さんはいつも笑顔で俺を迎えてくれた。お客さんが他にいない日には、店を早めに閉めてしまって、カウンター席の俺の隣に腰をかけ、琥珀色のウイスキーを出してくれることもあった。俺は、今日はお客さんがいないといいな、と願うような気持で喫茶店のドアを開けた。カウンターから出てきた慎一郎さんは、カウンターの中にいる時よりも、よく話したし、よく笑った。お酒も好きみたいで、よく飲んだ。そんな彼を見ていられるのは、単純に幸せだった。俺はお酒は好きだけど弱いから、少しずつ啜りながら、慎一郎さんの横顔を眺めた。目が合いそうになると、怖くなって目をそらした。邪な気持ちが透けて見えるような気がした。そうなったら、この関係は終わってしまうと分かっていた。  「今日はもう、店を閉めますかね。」  カウンターの中でマグカップを洗っていた慎一郎さんが、客が来る様子のない窓の外の暗闇を見て独り言みたいに言った。俺は、そうしてほしくて堪らなくて、今にも頼み込んでしまいそうなくらいだったのだけれど、妙に思われるだろうと思って、じっと黙っていた。  黒いエプロンを外した慎一郎さんが、表の看板を引っ込めて、手早く閉店準備を済ませる。俺は珈琲を飲みながら、その流れるような手際を見つめていた。肌が切れそうなほど静かな真夜中だった。慎一郎さんがカウンターの中の重たげな戸棚からウイスキーの瓶を取出し、二つのグラスに注ぐ。慎一郎さんの分はロックで、俺の分は、薄めの水割りで。  「亮輔くんに言うべきか迷っていたんだけど……、」  カウンターから出てきて、俺の隣の席に座った慎一郎さんが、珍しく肘をついて俺の顔を覗き込んできた。俺は、どきりとして視線を泳がせた。  「なんですか?」  「翔真くん、だっけ? 以前付き合っていた子。昨日、店に来たよ。」  「え?」  「荷物を取りに行ったとき、俺の顔を見ていたみたい。捜してきたんだろうね。」  「え?」  間抜けな声が、勝手に口から出て行く。翔真が、慎一郎さんを捜して店まで来た? なんのために? 翔真がなぜ、そんなことをする?  混乱しきって、助けを求めて慎一郎さんを見ると、彼は視線を俺から斜め下あたりに流し、未練かな、と呟いた。  「未練?」  翔真が、なにに? まさか、俺に? そんなはずはない。ありえない。だって翔真は、俺のことを嫌っている。あんなにはっきりと、俺を拒絶した。それも、一度や二度ではなく。  
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