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「でも、」
俺は言葉に詰まって、俯いた。
慎一郎さんの言う通り、一人で恋人と向き合うのは、つらい。つらいというか、怖い、と言った方が正しいだろうか。俺には翔真しかいない、と縋った俺に、俺はそんなこと思ったこともない、とあっさり言い捨てた恋人。向き合うのが、というよりは、これ以上傷つくのが怖い。俺はもう、傷つきたくない。
黙って俺の表情を眺めていた慎一郎さんが、慎重な面持ちで口を開いた。
「亮輔さんの年齢では、全てを一人で抱え込むのは、まだ早いと思いますよ。」
俺は、その言葉を聞いて、絶句した。
これまでずっと、全てを一人で抱え込むのが当たり前だった。親兄弟も友人もいなかったし、いたとしても、俺の悩みはいつだって、誰かに相談できるようなものではなかった。俺は、男がすきだ。誰にも言えなかった、恋人にあっさり見破られるまで、誰にも。
「途中まで、ついていきましょうか。お宅の近くで待っています。」
慎一郎さんがするするとやわらかな言葉をかけてくれるから、俺は危うく涙をこぼしかけた。ひとにやさしくされるのに、あまり慣れていなかった。
「恋人は……、元、ですけど、多分家にはいないんです。休みの日にはいつも、誰かと出かけてましたから。」
言葉にすると、ぎゅっと胸が締め付けられた。いつも、本当は、引き留めたかった。俺といてほしかったし、知らない誰かと寝ないでほしかった。でも、口には出せなかった。叶わないのは分かっていたし、嫌われることはなによりの恐怖だった。
「それなら、尚更。」
長い指で珈琲カップを包み込んだ慎一郎さんが、俺の目を覗きこんで、ふわりと微笑んだ。
「ひとりの部屋に戻るのは、寂しいでしょう。」
俺は、ほとんど考えもせず、反射で頷いてしまっていた。ひとりの部屋に戻るのは、寂しい。それは、どうしようもない事実だったから。
「でしたら、お付き合いさせてください。お宅はこの近くですか?」
「……近く、です。商店街を抜けて行って、10分くらい。」
「それなら、いい散歩にもなりますし。雪が、随分積もっているようですから。」
俺は肩越しに振りかえって、窓の外を見た。レースのカーテンがかかっていて、直接景色は見えなかったけれど、外からの照り返しがそのレースを鮮やかに染め上げていた。確かに、随分雪が積もっているらしい。慎一郎さんと俺は、朝食を終え、食器を二人で片づけると、並んで店の外に出た。
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