トリートだ!

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 私は昨夜、『罠』を仕掛けた。    私――森山菓乃は、お菓子が大好きだ。種類はなんでも。どちらかと言うと和菓子よりは、洋菓子が好きかなあ。でもどら焼きとかも捨てがたい。  そんな私の日課が夜のご褒美タイム。毎日会社から帰ると、テーブルにお菓子を出してそれを頬張る。至福の時だ。  その幸せ時間のお菓子が、ここ一ヶ月。何故だか勝手に減っている。  最初は気のせいかと思った。 (こんなに昨日食べたっけ?)  朝、テーブルに出していたお菓子を見たら、なんとなく中身が少ない気がした。その時は、大袋に入ったお菓子の数なんていちいち数えてないから、気のせいだと流したけど、そんなことが何日か続いた。  流石に変。  この違和感が自分の勘違いであってほしい。そんな気持ちも込めて、個数が分かりやすい一個一個仕切りで区切られてる箱菓子を置いてみた。  そしたら翌朝……減っていた。  自分の勘違いだったら「食べ過ぎちゃってたかあ」と笑い飛ばせたのに。  これは完全に黒。確実に誰かが部屋に入っている。  だけど被害と言えばお菓子を食べられているくらいで、貴重品が盗られているわけでも、私自身に危害が加えられてるわけでもない。 (もう数日様子を見よう)  背筋が薄ら寒い感覚を持ちながら、数日、また数日……そうしてる間に一ヶ月。  昨日は奇しくも、私にとってはお菓子の日――ハロウィンだった。  記念日である昨日。犯人の姿を収めてやろうと、棚の小物に紛れるようにスマホをセットした。本当はビデオカメラとかの方がよかったのかもしれないけど、私は持ってないし、買っても今以外使い道がないから買わなかった。   「これでオッケーでしょ」  写真立てに隠すように置かれたスマホ。よく見ないと、カメラのレンズが覗いてるのに気づかない。うん、我ながらうまく置けた。  スマホも無事セットできたし、後はいつも通り過ごすだけ。  会社帰りに買ってきたお菓子をテーブルに乗せる。 「ほんとは限定チョコがよかったけど、平日だからなあ」  この前SNSを見てたら、たまに行く洋菓子屋さんがハロウィン限定チョコを発売すると宣伝していた。最寄り駅の一つ向こうの駅。行けない距離じゃない。なんなら歩いてでも行ける。  でも販売は、ハロウィンの今日限定。  今日は平日。仕事終わりだとお店は閉まってて間に合わず、限定品の代わりに、コンビニでよさげな箱入りチョコを見繕うしかなかった。 「うん、これも美味しそう! いただきまーす」    箱を開けると大粒のチョコレートが六つ、綺麗に並んでいる。ドライフルーツを砕いたものが上にまぶされていて、見た目からもう美味しい。  パクリ。  そこそこの大きさのチョコを一口で。噛むとじゅわりとチョコの中に入ってたソースがあふれ出す。フルーティーな味わいと、なんだか大人っぽい苦み。少しクセになる。もう一個食べようかな……もう一個……。  そう思ってたら急に頭が重くなって、テーブルに突っ伏した。 (お酒入りのやつだったかぁ……)    思考もぼんやりしてきた頭で、それだけはハッキリ思った。  そう。私はお酒が一滴も飲めない。超、超、超! 下戸なのだ。  あんなに平常心を装ってたのに、内心はしっかり緊張してたみたい。いつもなら絶対買わないお酒入りのチョコレートを買うなんて完全に失敗した。 (犯人の人……来る……かな……)  犯人に怪しまれる。ベッドで寝なきゃ。  そう思ったところで記憶は途切れてる。  で。  気づいたら朝の四時。  今日は金曜日だから仕事はあるけど、家を出るまで時間はある。なんなら二度寝もできる時間だ。  けど、できない。    見知らぬ美人が、横で寝てるから。 (ベッドにいるってことはこの人が……? 運んでくれた上に一緒に寝てたってこと? ていうか犯人の人、なんで今日はまだいるの?)  寝起きと思えないほど心臓がうるさい。  この美人のことを考えるたびに、疑問と恐怖心が膨れ上がって、だんだん気持ち悪くなってきた。   (とりあえず、一旦この美人を観察してみよう。何か糸口が掴めるかも)    鼻筋が通っていて、口は荒れたことがないような綺麗な唇。  髪は男性としては少し長いけど似合ってるし、体形は細身でスラッとしてるのに男性的な骨感?がある。  見れば見るほど『美人』以外の感想が出てこない。 「ん……菓乃ちゃん? おはよお……」 「っびゃ!」  相手が寝ていることに油断して、顔を近づけて観察してると、見知らぬ美人の目が開いた。  叫びながらベッドの端まで後ずさっちゃったけど、近くで見た瞳も綺麗だった。少しつり上がった切れ長の目の色っぽさに少しポヤッとしてしまう。  私の挙動に、寝起きの気だるげな動作すら様になってる美人がクスクス笑う。   「びゃ? 朝から元気だね。ああ、そうだ、」 「あ、あなた誰ですか!」  危ない。見知らぬ美人の色気にやられて一瞬気が逸れたけど、目の前の人物は危険人物だ。  何故か私の名前も知っていたし、この落ち着きっぷりは、どう考えても初犯じゃない。  手元の布団を握りしめ、相手の出方を覗う。   「瓜だよ、瓜。君の彼氏でしょ? 昨日ベッドに運んで、電気も消してあげたのに、その仕打ちはないんじゃない?」 「彼氏ぃ?!」 「しーっ、静かに。まだ朝早いんだから、ご近所さんに迷惑だよ」  さも事実のように虚言を連ねる美人に声を上げたら、ふいに口を片手で塞がれた。  傍から見たらただ恋人がやんわりたしなめてる図だけど、実際は不法侵入者の男に口を塞がれてる。恐怖でしかない。  抵抗したいのに、掴んでた布団を力一杯握りしめることしかできない。   「あはっ。菓乃ちゃん恥ずかしがってるの? ぷるぷる震えて可愛い。まあ、たしかに君は恥ずかしがり屋だもんね。俺の名前もいまだに呼んでくれないし」 「……あ、あの、一つ、いいですか」 「なあに」 (ひるむな菓乃!)  相手は虚言癖のある不審者だけど私に危害を加える気はなさそう。むしろ好意の塊だ。  だから聞く。聞ける。一番聞きたかった疑問の応えを。  すぅと小さく息を吸うと、吐く息と一緒に声を押し出した。   「――私のお菓子を食べてたのって、あなた?」  美人は一瞬首を傾げたあと、ニコニコしながら頷いた。 「うん? お菓子って菓乃ちゃんがいつも用意してくれてるやつだよね、もちろん食べたよ! ありがとう、美味しかったよ」 「……」 「俺ね、菓乃ちゃんに会うまでお菓子とか不必要だなあって思ってたんだけど、君があんまり嬉しそうにいろんなお菓子を食べてるの見てたら俺も好きになっちゃった」 「……」 「それにしても菓乃ちゃん、お酒ダメなのにお酒入りのチョコ食べるなんて……平気? 具合悪くなってない?」 「もう……」 「もう?」  この美人がなんで私のお酒事情を知ってるのか。  本当に、心の底から心配するような声音。私の顔色を窺うように前髪をかきあげられ、自分の中でプツンと涙腺が切れた。 「もう、意味分かんないぃ……!」 「か、菓乃ちゃん!? 泣いてる?」  起きたら今まで私のお菓子を盗んでた人が寝てて!  その人がなんかすごく美人で!  だけど私の彼氏を自称してるヤバい人で!  通報しようにもスマホは棚の上で!  寝起きに知る情報量じゃない。完全に許容量が超えて、いい歳して涙が止まらない。  子供みたいに泣きじゃくる私に、今の今まで余裕そうだった美人が分かりやすく慌て始めた。 「ごめんね菓乃ちゃん。お菓子勝手に食べて。恋人同士でも許可取るべきだったよね」 「うう」 「あっ、そうだ。俺ね、いって、ちょ、っと待ってね」  私の涙を拭ってた美人が、突然何かを思い出したかのようにはベッドから降りてった。  (そのまま家から出て行ってくれないかな)とぼんやり見てたら、美人の目当ては電気のスイッチだった。朝の薄暗い部屋の中を、おそらくテーブルにぶつかりながらもスイッチを押す。  私が明るくなった部屋に目を細めてる間に、美人は床から何かを拾うとこちらに突き出してきた。 「はいっ、菓乃ちゃん! ハッピーハロウィン!」 「……これ!」  可愛いラッピングの袋。  「危険物かも」と気持ち遠巻きにそれを眺めると、じょじょに記憶と合致して、袋を持つ手ごと掴んでしまう。 「わっ、菓乃ちゃんの手……やわらか……っんん! うん! 前検索しながら『食べたいなあ』って言ってたでしょ。ハロウィンだから、俺もお菓子用意しようと思ったんだ」  「お菓子屋さんなんて初めて入ったよ」と笑う美人――もとい、瓜さん。なんか少し気持ち悪い発言も聞こえた気がしたけど、この際気にしない。    だってこれこそ私が求めていた、――ハロウィン限定で売り出していた洋菓子屋さんのカボチャを使ったチョコレートなのだから!    すっかり目の前のラッピングしか目に入ってない私に、瓜さんは微笑みながら再び立ち上がる。 「朝だけど、今食べる?」 「食べる」 「チョコにはコーヒーだよね。待ってて」 「うん」  私が普段お菓子に合わせている飲み物が把握されてること。  家のどこに物があるか把握している手際の良さ。  彼が動く度に疑問が増えるけど、なんかもうどうでもいい。  とりあえず、全ては目の前の美味しそうなチョコを食べてから。  だって今日の私は、ご褒美タイムを先取りしたって許されるはずでしょう? ここまで読んでくれてありがとうございます! 良かったら、感想やスターを送ってもらえると嬉しいです。
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