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20分後。少しずつ又吉でいることに慣れ、良い感じにアルコールも回ってきた頃。嶋田はあることに気付き始める。
今は有野の他に土岡(もやしみたいな体型の優男。元サッカー部エース)と松村(小柄な女性で学園のマドンナだったらしい。が、今はその面影は無い)が輪に入ってきて、四人で思い出話に花を咲させていた。
と言っても、嶋田には思い出などないので適当にボケてお茶を濁すだけなのだが。
「先生も来られたら良かったのにな。俺、あの人にはずいぶんお世話になったからさ……」
有野は泣き上戸なのか、しんみりとしたトーンで言った。まだ情報が少なくボケようがないので「あー、あの人ねぇ……」と嶋田は訳知り顔で頷く。
「僕もずいぶんお世話になったよ。なんかいろいろと相談とか乗ってくれてさ」
「私も。好きだったなぁ。なんかこう、先生!って感じだったよねぇ」
土岡と松村からも有益な情報が出ないまま、なんとなく嶋田のターンになる。ボケるしかない。
「あの人のあの言葉、今でも覚えてるわぁ」と嶋田は見切り発車で話し始める。なんだ、なんて言ったんだあの人は? てかあの人って誰だ?
「なんて言われたんだ?」
「『あきらめたらそこで試合終了ですよ・・・?」って」
「それは安西先生や! 『SLAM DUNK』の!」
有野が泣き笑いしながらつっこみ、土岡と松村も大口を開けて笑った。
そう、笑ったのだ。こんな苦し紛れの陳腐なボケで。
「やっぱり又吉面白いわぁ」
「ね! 久しぶりに会っても、相変わらずキレッキレ!」
その反応で嶋田は確信した。
やっぱりそうだ。彼らは今、学生時代の又吉の幻影を見ている!
……つまりどういうことかと言うと。
又吉という人間が当時異常なハイテンションに加え、クラス一の面白キャラであったことは疑いようもない。
その根拠として、嶋田は今日ここに来てから面白いことは一度も言っていない(認めるのは癪だが事実だ)が、皆口を揃えて「相変わらず面白い」と言う。それはきっと「又吉が言うのだから面白いに決まっている」というバイアスのおかげだと嶋田は考えた。
よくある話だ。まぁもしかしたら、ただ酔っ払って笑いの沸点が下がっているだけという可能性もあるが。
とにかくどちらにしろ、嶋田は今、又吉らしいハイテンションでさえいればたとえどんなつまらないことを言っても皆勝手に笑ってくれるという最高の環境に居るわけだ。
嶋田はニタァと下卑た笑みを浮かべた。
この場所でなら、神になれる……!
生まれて初めて感じる全能感。又吉の威を借り、嶋田は今日ここで天下を取ると決めた。
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