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「篠口先生って、いくつなんですか?」
「33歳。ちなみに、相澤先生は39歳」
「へぇ……相澤先生とは、仲がいいんですか?」
古くからの知り合いだと、相澤先生は言っていた。
篠口先生は、ん、と首を横に傾ける。
「遠い親戚なんだ。俺の父と相澤先生の曽祖父がいとこ同士で……とにかく、知り合いだ」
ぽかんとしていたからか、気遣うように言われる。
「昔は結構厳しくて、怖い人だったよ……今は全然、そんなことは無いんだけど」
僕の頭の中で、なんとなく想像できてしまった。
相澤先生が、理屈っぽく言いながら篠口先生を叱っている姿が。
「4年前くらいかな。ある日、駅のホームで偶然会ったんだ。俺は相澤先生がお医者さんだというのは聞いて知っていたけど、向こうは俺がこんな仕事に就いていたとは知らなかったようで、驚いていたけどね」
「じゃあ、それから仲良く?」
「仲良くというか……まぁ、相澤先生には、色々と助けてもらったから」
「ふーん……」
何を? と聞いてもいいのか。
篠口先生は何かを考えているように、カップの中身を見ながら微笑した。
「片付けるか」
篠口先生は、僕の空になったカップも一緒に持って立ち上がった。
なんとなく心許なくなって、僕も立ち上がり背中を追う。先生の背中は大きくて、なんでも包み込んでしまいそうだ。
次の瞬間、頭にふと情景が浮かんで足を止めた。
なんかこれ、前にも見たことがある気がする────
必死に記憶を辿ろうとしても、いつどこで見たのかは分からない。ただ、こうして誰か男の人の背中を近い距離で追うということを、これまでの僕はしている予感はあった。
食器を洗っている篠口先生は、目線を合わせないまま独り言のように僕に言う。
「さて、これからどうしようか。1人で過ごすのは不安だと思うのだけど……」
「大丈夫ですよ。なんとかなると思います」
強がってみたけど、全然大丈夫ではない。
右も左も分からない状態で生活なんてできない。
それは先生も分かっているみたいで苦笑した。
「なんとかなるか?」
「たぶん」
「君が嫌じゃなければ、落ち着くまで俺が面倒を見てもいいのだけど」
「面倒を見るって?」
「ここで一緒に、暮らしてもいいという意味で」
えっ、暮らす?
僕はその横顔をまじまじと見た。
今日会ったばかりの人と急に暮らすだなんて、怖いし無理だ。
だが、1人で暮らすというのも怖い気がするし……。僕はどこまでこの人に甘えていいのか分からない。
「今、『こんな人と暮らすなんて嫌だ』と思っただろ」篠口先生は洗い物を続けながら言う。
「そんなこと思ってないですよ」
遠からず近からずな気持ちを言い当てられて、少し動揺してしまった。
「いいよ、ゆっくり考えれば。知り合いとか友達とか、援助してくれる人がいるかもしれないし」
友達かぁ。ひとりもいなかったらどうしよう。
もしそうであった時のために、念の為に訊いてみた。
「篠口先生は嫌じゃないんですか? 僕といるの」
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