【1】コンフォート・ゾーン

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『琴ぉぉ! 私のことが分かる? 記憶喪失って聞いたけど、ホントに忘れちゃったのー?!』  僕はおじいさんの家にお邪魔させてもらい、いろいろと話を聞いた。  母は長野県の田舎に暮らしていて、僕は進学の為に上京し、祖父が住んでいた家で一人暮らしをしているようだった。  祖父と隣の家のおじいさんは、生前、町内会の仕事を一緒にしたり、近所のお年寄りたちと公園でゲートボールをしたりする仲だったみたいだが、祖父は病気で数年前に亡くなってしまったらしい。  それから半年も経たぬうちに父親までもが亡くなってしまい、僕の母は大いに悲しんだという。  隣の家のおじいさんは、住所録を見ながら、家の電話で母親の携帯に掛けてくれた。  母親が電話に出ると「琴が頭打っておかしくなったんだってよぉー」といきなり言うものだからギョッとしたが、見かねた篠口先生が電話をかわり、母に事情を説明してくれたのだ。  ある程度話し終えたら、今度は僕に受話器が回ってきたので、僕は全く覚えのない生みの親と会話をすることになった。 「ごめんなさい、ちょっと覚えていなくて」 『うわぁーマジかよ……つーかごめんね? お見舞いに行きたいんだけど、あたしも仕事があって……あ、小さいスナックだけど、毎日楽しくやってるよ! そんで、足の指も骨折しててあんまり動けないのよねぇ。嘘じゃないよ? タンスの角に思いっきりぶつけちゃってさぁー!』 「大丈夫ですか?」  この底抜けに明るいイケイケの女の人が、ほんとうに僕の母親なのだろうか……。  ちょっと疑問は残るが、とりあえず受け入れるしかないだろう。 『ごめんねぇ琴。こっちに戻ってきたらー?』 「いえ、通院しなくちゃならないので、とりあえずはここで暮らして様子を見ようと思います」 『あぁーん寂しい! けど、応援してるからね! 記憶、早く戻るといいね……でも無理はしないでよね? つらかったらいつでも可愛くて美人なママに電話してきていいんだからね?』 「お母さん……!」  その優しさに感極まってしまう。  涙目になっていると、電話の向こうで『ウハハハッ』となぜか爆笑された。 『やだぁやめてよーお母さんだなんて! あんた、いっつもあたしのことクソババアって言ってたんだよ?』 「えっ」僕は驚きのあまりに固まってしまう。 『あんたが上京する時も、こっちが心配していろいろと声掛けてやってんのにさぁ、うるせぇな、いい加減にしろよクソババア!って言われたよぉ』  うわぁ最悪だ。何やってんだよ琴。  とりあえずこれまでのご無礼を丁寧に謝罪して、僕の銀行口座の暗証番号や、食べ物のアレルギーがないことなど大事なことを一通り聞いてから電話を切った。
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