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翌朝、ホテルを出発した一向は、地図が示す建物に向かった。
それは、遠くの小高い丘の上に聳えるスタッフォード城を拝めることができる街の外れの住宅だった。サイラスは車を少し離れた場所に停めた。
「…随分と年季の入った建物だな。」
「身を隠すには丁度いいんじゃない?」
雫は車を降りるなり建物に近付いた。
「雫さん、いきなり近付くのは危険です。」
恐神は雫の腕を掴んだ。
「蓮生の言う通りだ。相変わらずシンジの素性は分かってないからな。俺が先頭で行く。」
サイラスは腰に差している拳銃に手を掛けながらゆっくりと建物に近付き、入口の前で止まると恐神たちに合図をしてから、ドアをノックした。
すると、中から誰かが歩く音が聞こえ、3人は固唾を飲んだ。
「…警察が来ることは想定していなかったが。」
中から声が聞こえた。
「恐神シンジか?」
サイラスはドア越しに問い掛けた。
「蓮生、いるのか?」
恐神は、一歩前に出た。
「…ここにいます。」
「よく来たな。」
「この警察の人は、私をここまで連れてきてくれた人です。信用してください。」
すると、ガチャとドアが開き、中から細身の男性が顔を覗かせた。
「入れ。」
3人が中に入ると、神治はドアに鍵を掛けた。シンジが振り返ると、恐神はポケットから写真を取り出し、写真の神治と目の前の神治を見比べた。
「…間違いない。」
「その写真は?」
神治は恐神の背後に回り覗き込んだ。
「…懐かしいな。私が蓮生と別れる数カ月の写真だ。…立ってないで座りなさい。」
神治は3人を椅子に座らせると、キッチンに行き湯呑みと急須を持って戻ってきた。
「ジャパニーズティーですね。」
サイラスが急須を見ながら言った。
「あぁ。なんだかんだ日本が好きで、日本が恋しいんだよ。」
「あ、私やる!」
雫は神治がテーブルに置いた急須を手に取り、湯呑みにお茶を注いだ。神治は雫に任せて、恐神の正面に腰掛けた。
「大きくなったな、蓮生。」
「…父さん…なんですよね。」
「あぁ。ミリアという裏稼業の女性からお前の話を聞いた。最初は会うつもりは無かった。お前を傷付けるだけだからな。」
「…どういう意味ですか?」
「私はもう表を歩ける人間ではない。このイギリスへは日本から逃げてきたんだ。」
神治はそう言うと、恐神の表情を確認した。
「ふん、その顔からするに、お前は本当に何も分かってないようだな。」
雫はミリアの言葉を思い出していたが、何も語らず、湯呑みを全員の前に置くと自分も静かに腰を下ろした。神治は早速一口お茶を飲みとホッとした表情をした。
「やっぱりお茶はいいなぁ。しかも、こんな美しいお嬢さんに淹れてもらえたんだから、美味さも倍増だ。」
神治はチラリとサイラスの顔を見た。
「警察の兄ちゃん、名前は?」
「サイラスです。日本に留学してたことがあって日本語は話せます。」
「お前ら警察は、私をどう思ってる。」
「…悪党のボスだと思っていたが、どうやら違うようだな。」
「ふん、俺たちはギャングの奴らに生かされてる。だから、それと引き換えに奴らの好きにさせてんだ。…本当のボスは、日本から俺を連れ戻しに来た連中がいると言って、俺をここに移動させ、その連中を消すように部下に指示をした。」
「じゃあ、襲われたのはそういうことだったのね。」
雫が恐神の顔を見ながら言った。
「私は何があっても日本に戻ることはない。それをボスに伝え、荒っぽいことはしないと約束してくれた。もう命を狙われることは無い。…蓮生、悪い事は言わない。もう私のことは忘れて、日本に帰りなさい。」
神治は声のトーンを変えた。
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