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俺の胸が、なぜかキュと絞られた。
(そこまでのファンだったんだ……俺、意地悪だったか?)
もちろんコースターをクリップで挟んだのは、何を隠そう、この俺。もちろんわざとやったのだから、あんなガクブルな小山田さんの姿を見ると、少しだけ罪悪感。
俺はカバンから一冊のノートを取り出した。
(『冷たい態度も時にはスパイス』……は失敗……と)
書き記す。
(だけど、こんななまやさしい行動では全然ダメだ。もっと強烈なフックを喰らわせてやらなきゃ)
まだ小山田さんは震えている。生まれたての仔鹿のようだ。今度は探し当てたボールペンのペン先を出したりしまったりカチカチカチカチ……(永遠に続いてゆく)
まさしく放心状態を絵に描いたような。顔もぽけーってなっている。
(ははっ、そんなに落ち込むなんてな! こーんな奴のどこがいいんだか)
引き出しを開けた。ちびキャラアニメにされた、ファイブレのレンジを睨みつける。
そして、その目で小山田さんを見る。
(徹底的にやってやるからな、覚悟しろよ)
ふん、と鼻を鳴らして、引き出しをバシンと閉めた。
*
(睨まれてるう……めっちゃ睨んでくるう)
私の席から、坂崎課長の席は一直線。鋭い視線にいったん気がつくと、それは痛いくらいに刺さる。こんな視線、そらさざるを得なーい。
何でそんなに怒ってるん? そんなにコースター欲しかったん?
つか、だったら領収書なんかに間違えて添付してくんなや! ってか、どうやったら添付資料間違えるんだよっっっ。
腹立たしい。実に腹立たしい。
一瞬喜んじゃったじゃん。ファイブレのレンジくん!? ウェハースに続いてまさかの奇跡の出逢い、神さまありがとうっっつ! やったーーー!!ってね。
ぬか喜びさせやがって。
もうなんこれ坂崎課長の悪さと言ったらない。くっそーーー。あ、もう4時45分だ。ショックが大きすぎて、時間が光陰矢の如し。あーあ。やけ酒でもしたい気分。酩酊したい気分。
ただ、退勤する前に確認しておかねばならぬことがある。相手が相手だけに、気が重い。
だが、推しのためだと言うならば、私は闘いたい。
今夜TV放送の、『それファイブレとやりましょう』を観戦するために、5時にはさっさと帰りたいので、一戦交える覚悟を決め、私は席を立った。
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