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普段お菓子を食べないのに、お菓子の前に立つ。
いかにも不可解な行動。
私は頭の中の情報ファイルから、坂崎課長のガチャを回した。
ころん。
『毎年バレンタインで数多くのチョコを押し付けられ、どーにも迷惑そう、かつ辟易しちゃってるお表情』
なるほど思い出し、私は小さく笑う。
バレンタイン。地味子な私にはまったくもって縁遠いイベントのひとつだけど、この営業2課(お隣の営業1課も)では、まるでお祭り騒ぎの賑わいだ。
たくさんの本命チョコが入った紙袋を、課長が山盛り抱えて持ち帰る姿は毎年恒例で、その様はまるで一人勝ち優勝パレードのよう。
もちろん坂崎課長は、貰った時は笑顔でありがとう、ありがとうと返している。ま、それは礼儀だとしよう。
「じゃ家でいただくよ」
けれど、受け取った次の瞬間。課長はくるりと振り返り、自席へと歩き出しながら、嗚呼ああぁぁぁぁと声が伴わない空気を吐き、小さく空を仰いでいるのを、私は知っている。
ちっと舌打ちでもかましそうな、そのめんどくさそーな表情。
そして私のデスクの側を通る時にこぼしていく言葉は決まって。
「俺、甘いもの苦手なんだって常日頃から言ってんのに……毎年チョコて、嫌がらせかっつーの。バレンタインまじうざ」
おん。性格悪うぅぅ。
固まった。
嫌いなチョコと過剰な好意に攻め込まれて、感覚がバグってんのかもしれないけど。
私はすぐさまこの件を頭の中の情報ガチャへと放り込んだ。
そう。
あそう。
坂崎課長は甘いものは嫌い。しかも性格悪し、と。
前置きが長くなってしまったが、そんなわけで坂崎課長が、お菓子BOXの前に立つなんてことは、今までほぼなかったってわけ。
改めて課長を見る。あ! マイバックに手を突っ込んでる!
まさか横領? お菓子の横流し? フリマで売って生計を立てている?
課長が再度キョロキョロ。私は黒縁眼鏡の傾きを直しつつ、慌てて姿勢を少しだけ戻す。もちろん背筋の角度は保ったまま。
すると、坂崎課長がマイバックから取り出した小袋(?)をカゴの中へと三つほど、ぽとりぽとりと滑り込ませた。
え、逆? 横領じゃなくて……補充? 逆輸入? お菓子メーカーからの刺客?
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