序章

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 男の眩しさに目が沁みて、つい瞬いた瞳から、温かな雫が零れた。  数年ぶりに溢れた水の(たま)は記憶の中のそれよりほんのり甘く、次々と頬を濡らして止まない涙の雨に、思考が混乱する。 「ほら」  優しく、そして少しだけ呆れた声で(いざな)われて、少女は漸く自覚した。  己にもまだ、救われたい、死にたくない――そんな望みが、浅ましくも残っていたのだと。 「……」  目の前の男は、少女を救ってくれるのだという。  理由は分からない。もしかしたら、とんでもない対価を求められるのかもしれない。  けれど、どうせ朽ちるばかりの命だ。だとすれば、一縷の望みに賭けるのも、悪くないように思えた。  ふらふらと、力の入らない指先で重ねた手は、広く温かい。  触れた瞬間、水底から引き上げるように力強く手首を掴まれ、立たされる。 「よく頑張ったな」  ふわりと微笑みながら労われ、少女の瞳から新たな雫が溢れた。
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