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「……なかなか飲んでくれないね」
「……ああ」
バートンは綺麗な形の眉をきゅっと寄せて頷いてみせる。
深い輝きを放つその目は涼やかな奥二重。色白の頬にこぼれる髪は漆黒で、小ぶりの唇はピンク色の艶を放っている。
村の女子達はその端正な姿を眺めては、皆ため息をこぼす。
そう、バートンは黙っていればイケメンなのだ。
口の悪ささえなければ……。
私はその整った横顔に、つい見入ってしまってから頭をフルフルと振るう。
いやいや今はそんな邪なことを考えている場合ではない。
水も餌も摂ってくれなければピヨちゃん達は弱って死んでしまう。
ヒヨコを譲ってくれたお隣のジョージさんは、卵から吸収した水分や栄養があるから1日くらいは何も摂らなくても大丈夫、と言っていたけれど……。
もし私達に領主様や貴族と呼ばれる方々のように超魔力があったとしても、生き物の命をどうこうすることはできない。
どんなに強い魔力でも、それは物理的なエネルギーでしかないのだ。
超魔力とはいえ万能ではない。
せいぜい無理矢理クチバシをこじ開けて水や食べ物を押し込むことぐらいだ。
でもそれでは意味がない。
ピヨちゃん達が自分で水や餌を摂ることを覚えなければ、これから先、彼らは生きていくことはできないのだ。
「どうしたらいいんだろう……」
ジョージさんに教えてもらったとおり、細い棒の先で吸水器の水をツンツンとつついてみせてもピヨちゃん達は全く興味をもってくれない。
「仕方ない……」
バートンはそう言って立ち上がると、育雛器上部の蓋を開けた。
「どうするの?」
「無理矢理飲ませるしかないだろ」
「そんなことして大丈夫なの?」
「さあ……」
白い指が茶色いヒヨコを慎重に捕まえる。
その小さなクチバシの先を吸水器の水面にチョンとつけると、ヒヨコはビックリしたのか身をよじってみせた。
ヒヨコの様子が落ち着いてからもう一度。
今度は水面にクチバシつけたあと、上を向いてそれををパクパクさせるような仕草……。
「これって……飲んだ、のかな?」
「どうだろう……」
ウッドチップの上に戻してあげると、ヒヨコは少し考えるようにしてから吸水器に近づいていく。
クチバシを水面にチョンとつけて上を向いてパクパク……。
「の、飲んだ!」
バートンも嬉しそうにうんうんと頷いてみせる。
そばで見ていたピヨちゃんもバートンのヒヨコを真似て、チョンとつけて上を向いてパクパク……。
「やった!」
「ピヨちゃんも飲んだ!」
私は嬉しくなってバートンの手をとるとブンブンと振ってみせた。
「どうやら上手くいってるようじゃな」
背後からかけられたその声に、私は思わず握っていた手を振り払う。
手のひらがほんのりと熱をもっているように感じるのは、きっとバートンの魔力のせい……だよね?
「伯父さん、頼りになる助っ人ってバートンのこと? もっと鶏について詳しい人にしてよ」
「それはこっちのセリフだ」
バートンはそう言うと伯父さんに向き直ってみせる。
「ケイラン博士、コンビ組ませるなら仕事の足を引っ張らないヤツにしてください」
「はあ? 何言ってんの? 足引っ張るのはバートンの方でしょう」
「水飲めるようになったの、誰のお陰だと思ってんだ」
「誰の手柄だとか、マジウザい」
「こっちは仕事でやってんだ。お気楽に家事手伝いしかしてないヤツに言われたくねーよ」
「差別発言!」
私と母は勤めに行っている父に代わって畑仕事をしている。
自分達で食べる野菜はもちろんのこと、余った分でウチでは栽培していない小麦や卵、肉、牛乳等と物々交換している。
もっと肥沃な土地であれば売りに出す分も栽培できるのだけど……。
この国に植物が豊富に繁るような土地はない。
だからこそ領主様も養鶏をわが国の重要な産業として推し進めようとしているのだ。
「相変わらずだが……。まあ良しとするか……」
私達の小競り合いに、伯父さんは目元にシワを寄せて思わせぶりに笑ってみせた。
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