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「そうじゃなくて」
私は彼が自分の良くないところを並べ続けるのを止めた。
「もっと早く言わなかったのが悪かったなって」
彼は少し戸惑っているようだった。
「えっ?えーっと、その、つまり、どういうことですか?」
彼は何とか言葉を絞り出した。
「つまりね、私、来年もここにいるのよ。助手の田中さんが専任講師になるんで、私が助手になることになったの。少し前に決まってたんだけど、まだ就職が決まってない学生もいるし、言わない方がいいかなって思って。来年の卒論生が入ってくる時でいいかなって」
それを聞いた彼は、しばらく考え込んでから、口を開いた。
「えっと、つまり、それは、その、僕は焦ることなかったってことですか?タイムリミットはまだ先だったってことで、余計なこと言わなかったら、あと3年、また一緒に実験したり、学食でご飯食べたり、帰り道にラーメン屋に寄ったり、そういうことができたってことですよね?」
私はなんて答えるか迷ったが、
「まあ、そういうことかな」
と、短く答えた。
「そんなあ…じゃあ、僕、どうしたらいいんですか。これから3年間、気まずいまま過ごすんですか。それ以前に、今、この右手をどうしたらいいんですか…」
廊下の電灯の光が、扉の隙間から差し込み、薄暗い部屋の中で、私の右手と重なる彼の右手を照らし出していた。
「篠原くんのしたいようにしたらいいんじゃないかな」
私はそう言いながら、くすくすと笑ってしまった。
「何でそんな意地悪いこというんですか」
彼はすっかりしょげているようだった。
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