嵯峨の中将

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 目の前はぼやけ、手足は重石でもされたかのように動かない。もう死ぬのだと、幼子は思った。気付いたときには親がなく、人の情けでどうにか生きてきた。だが、それも終わりだ。何日食っていないのかもわからない。身体が熱くて、ここに横になったきりだ。  何度か人が通ったが、なにもせずに去って行った。そういうものだと幼子は知っていた。春先までは食べ物を少し恵んでくれた。けれど、夏を過ぎてから自分たちだけでも食べるのが大変だと言われるようになった。もらえるものが減って行った。村が貧しくなったとき、一番に死ぬのが己だと幼子は元より知っていた。  まぶたを閉じる力もなくした。そんな彼に影が落ちた。人の影だ。なにものかと顔をあげる力もない。 「哀れな……」  小さな声だった。哀れむだけなら放っておいてほしかった。放っておいてくれれば、もう間もなく命は潰える。潰えてしまえばなにも感じないだろう。  幸せなど、なに一つ知らない。安全も安らぎも、この幼子にはない。あったのは生きるための焦燥だけ。恐れと不安、飢え。彼を焦燥に駆り立てるものはいくらでもあった。それを哀れむだけなら去れと言いたかったが、声は出なかった。 「いや……しかし……だが……」  そこにいるのは一人のはずなのに、男は誰かと会話しているかのように話す。おかしなこともあるものだと思ったが、それ以上、なにとも思えなかった。突然、身体が浮いた。 「そなたは嵯峨の中将になるのだ」  その言葉の意味を理解できないまま、幼子は光の中に放り出された。
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