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2 潤
潤の両親は駆け落ち同然で家を出たので、互いの親戚も誰もいない状況だった。
父親は、五井園建設という建設会社の社長専属運転手をしていた。親以外の親族のいない潤を、たびたびそこの社長は可愛がってくれた。五歳年上の社長の息子である健吾も、潤に対してまるで弟のように接してくれたのもあり、たまに遊びに行く社長の家は、親戚の家に行くような感覚になっていた。
幸せの日々は突然崩れた。潤が中学二年生の時に、両親が二人とも交通事故で亡くなる。居眠り運転をしていたトラックが歩道に乗り上げ、潤をかばって両親は命を落としたのだ。潤は両親の命が目の前で消えていくのを見ていたこともあり、しばらく精神状態がおかしくなっていた。
親戚がいない潤のために、五井園建設の社員が葬儀から何から全てを終わらせる。事故を起こした相手会社との交渉を会社の顧問弁護士が対応した。そして潤には大金が入ったが、まだ中学生だったので生活能力が一切なかった。そもそも親を二人失った潤は、現実世界を受け入れられずに心を失ったように呆然としていた。そこで潤を心配する五井園社長が、潤を引き取ると言う。
「潤君、君はこれから私の息子として過ごしていくつもりはないか?」
「えっ」
葬儀の後、五井園は潤に温かい笑顔を向ける。父よりも少し年上のよく知っている五井園を「おじさん」と言って、潤は幼い頃より慕っていた。
「君はもともと親戚みたいなものだ。この家もよく知っているだろう。君はまだ若すぎるから一人で生きていくすべがない。もし成人して自由になりたくなったら、そうしてくれてもいいし、一生この家にいてくれても構わない。妻も息子も君のことはとても気に入っているんだ。あの家でひとりは寂しいと思うよ?」
すると五井園の妻が言う。
「そうよ、潤君。今は何も考えずここで悲しみを癒して、生活を立て直しましょう」
社長夫人は、社長同様に潤を可愛がってくれていたのもあり、二人は潤を無条件に受け入れた。彼らの優しさに、潤は涙を流して頷く。
「おばさん、う、うう、僕っ……」
言葉が出ない潤を、社長夫人は抱きしめた。二人の一人息子である健吾と、五井園も潤を包み込む。その時、呆然として世界が終わっていた潤の瞳に、やっと光が入ってきたのを感じた。
両親が急に亡くなり人肌が恋しくて仕方なかった潤は、その胸に抱かれ何も言えずにただ泣くことしかできなかった。
それが、潤がこの五井園の養子になった経緯だ。
その夜は、健吾が潤と一緒に就寝についた。潤は多感な年だったが、一人で寝ることがどうしてもできなかった。大学生の男と添い寝、しかも抱き合って眠るなんておかしいとは思うが、その時は人肌が恋しかった。昔から兄のように慕っていた健吾の腕の中こそが一番心や安らぐ場所。
潤は、夜一人になると寂しさに襲われて苦しくなる症状が現れた。そこで健吾が一緒の部屋で過ごそうと提案し、二人は同じベッドで寝るくらい仲のいい兄弟になっていった。
健吾はその時に付き合っていた彼女とあっさりと別れ、潤を一番に大事にした。潤は家ではいつも健吾にべったりとする。初めから四人家族だったかのように自然と潤は、義理の両親を「お父さん、お母さん」と呼ぶようになった。健吾のことは昔から呼び捨てだったので、急にお兄ちゃんとは呼ぶことができずにいると、健吾からそのまま名前で呼んでほしいと言われたので、変わらずに名前で呼んでいた。
そんな幸せな家庭だったが、潤が中学を卒業したと同時に、五井園家は夫人を乳がんで亡くしてしまう。
潤は両親を失ってすぐに、少しの間だったが母と慕っていた人を失った。義父も義兄の健吾も悲しみに明け暮れる。それから男三人で一生懸命に頑張り、何とか家族三人で家事を分担しつつ不慣れながらも仲良く暮らした。
いろんなことが片付き、潤が高校一年のその年に健吾は急にアメリカ留学を決めてきた。寂しかったが、これまで潤のことをとても大事にしてくれたことを思うと、泣いてばかりはいられないと笑顔で送った。
潤は義父と二人、生活をすることになった。その頃にはこの家にも慣れ、本当の親子関係のような穏やかな時を過ごし、高校三年間は必死に勉強し、いい大学を目指して過ごした。
いずれ父の役に立てるような人間になって、この家に恩返しをしたいという一心だった。
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