3 動き出す時

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3 動き出す時

 潤は二十歳になり、大学生活を満喫していた。  その頃、義兄の健吾は日本に帰ってきた。玄関先で数年ぶりの逢瀬を果たした義兄弟である健吾を見て、潤は止まっていた時間が動き出したかのように、彼がいた現実をまた実感した。 「潤、久しぶりだな。元気にしていたか? お前、ますます美貌に磨きがかかったな」 「美貌って……」  義弟を目の前にした健吾は、潤を見て驚いた顔をする。  潤は中性的な魅力があると周りによく言われていたので、そういう言葉は慣れていたが、まさか身内から言われるとは思いもせず戸惑う。  髪は日本人本来の黒髪のまま、いじることなく過ごしてきた。大学生になり、垢ぬけた友人がたくさんいる中、潤だけは以前と変わらないのに、やたらと色気が出てきたと周りからは言われるようになる。  中性的な顔立ちに、すらっとした背丈。瞳は切れ長で鼻筋も通り、モデルや俳優にならないかとスカウトをよく受けていたので、自分の容姿が整っているほうなのだと、潤自身も自覚していた。  健吾は父である五井園健介(ごいぞのけんすけ)の遺伝子が強く、勇ましい印象がますます強くなっていた。二十五歳という男としてちょうど艶の出てきた年頃ということもあり、言うなれば美丈夫だ。色気、艶、逞しさ、すべてを備えたようなかっこよさを持ち合わせていた。 「健吾も元気そうだね! 全然帰ってきてくれないんだもん、寂しかった。もうずっと日本にいるんだよね?」 「そうだな。いつまでもフラフラしてられないし、いい加減に父さんの会社に入ることにしたよ」 「嬉しい!」  潤は大学生になっても、家族に対しては相変わらずの甘えん坊だった。  健吾に抱きつくと、昔なら抱き返してくれていたのにすぐに引き離されてしまう。もう中学生ではないから、さすがに兄とはいえ抱きつくのはおかしかったらしい。寂しいけれど仕方ない。そう思い、健吾の手を取り家に入った。  健吾とは、兄というよりも幼馴染という言葉が潤の中ではしっくりとくる。友人とも違う。潤にとっては昔から絶対に安心できる人という位置にいた。  二人でリビングに入ると、父親が健吾を出迎える。健吾が父を見て微笑んだ。 「父さん、ただいま。これからは会社でよろしく頼むよ」  父は、息子が帰ってきて嬉しいように潤には見える。 「ああ、それにしてもお前は、全く帰って来ないなんてずいぶんと薄情だな。これからはちゃんと家族として、この家でも過ごしてくれよ? 潤が寂しがって仕方なかったんだからな? 雷の日なんてこの年で一緒に寝てくれって部屋に来るくらいだからなぁ、潤」  父親が意地悪そうな顔で楽しそうに恥ずかしいことを言うので、潤は真っ赤な顔をすると、健吾がなにやら不審な顔で潤を見て低い声で一言。 「父さんと潤は、一緒に寝ているのか?」  その質問に、健介が笑いながら言う。 「潤が怖がった時だけな」  早速、いまだに甘えん坊だという事実を父から暴露されてしまった。健介は楽しそうに話していたが、潤は恥ずかしかった。 「もう、お父さん!? やめてよ」 「はは、潤はお前がまた帰ってくると聞いて、ずっと上機嫌だったんだ。弟をねぎらってやりなさい」 「そうだね。でも俺、会社に慣れたら一人暮らしをしようと思っているんだ」  健吾の言葉に潤は驚き、大きな声を出す。 「え!? ど、どうして?」 「アメリカでの一人暮らしが慣れたし、楽だし? いい大人だからいつまでも実家にいなくてもいいかなって」 「なんで、いいじゃん! この家はこんなに広いんだよ。それにやっと健吾と同じ家で暮らせるのに!」  五井園家は広い一軒家だ。一階にダイニング、客間、風呂トイレキッチンに、父親の健介の部屋などがある。二階は健吾と潤が使用していた。その他にも風呂トイレも二階にもあり、まだ部屋数もある。そんな広い二階を潤一人で使用していて寂しかった。  やっと健吾が戻ったのだ。また昔のように夜中まで一緒に過ごし、同じベッドで眠るまで話すことを想像しながら、潤は健吾の帰りを楽しみに待っていた。そんな潤は、今の健吾の言葉に感情を隠し切れない。  どれほど一緒に過ごすことを楽しみにしていたか、健吾は知らないはずがない。寂しかった中学三年の時、健吾がどれだけ潤の中で大きな存在だったか、もしかして義理の弟とはいえ、男からべたべたされるのが嫌で、実家にいないつもりだろうか。潤は突然不安になり、父を見上げる。健介は、そんな潤の気持ちを理解したのか長男を説得する。 「ほらほら、潤。落ち着きなさい。健吾、新入社員はそんなに甘くない。お前は私の後継者としても覚えることが多いんだから、しばらくはこの家で慣れてからにしなさい。とにかく弟のことも考えてあげてくれ」 「わかったよ、ごめん潤。もう少しこの家から仕事に行くからな」 「う、うん……」  潤はその言葉に安心できなかった。なぜか彼につけ放されたような気がして仕方ない。そう思った潤はその夜、健吾の部屋を訪ねる。 「健吾、ちょっといい?」 「潤!? なにか用?」  健吾は慌てて部屋から出てきた。健吾とドアの隙間から部屋を覗くと、まだ片付けの途中の様子が伺える。 「うわぁ、本当に一人暮らししていたの? 片付けダメじゃん」 「片付けなんかしなくても、生きていけるんだよ」  部屋の中が一日で荒れるとは、凄い才能だと潤は心の中で笑った。 「へぇ、アメリカでは彼女が片付けてくれていたんじゃないの?」 「ああ、料理はそれなりに出来るようになったんだけど、片付けだけはね。よく女の子がやってくれていたかな」 (やっぱり!)  健吾は義弟の自分から見ても、かっこいい。女の子を切らすことなんてないだろうと、思っていた通りだった。潤がこの家に来た当時も、すでに健吾には付き合っている彼女がいた。潤は話しながら健吾の脇を通り抜け、部屋に入る。 「こら、勝手に」  健吾が止めようとするが、潤は楽しそうにしていた。やっと健吾と二人で話せることに少し興奮している。まだ散らかってない状態の場所、ベッドの上に座った。 「ふふ、彼女は? 遠距離? アメリカの人?」 「彼女という彼女はいなかったよ。その時々誰かが出入りするくらいで」  健吾は潤が勝手に部屋に入ってきたことに、やれやれという顔をして扉を閉めた。ベッドから少し距離のある所に置いてある椅子に座ると潤を見る。 「なにそれ、爛れているね」 「そうか? 俺の周りはそういう感じだったからな、潤は? 彼女はいるの?」  潤は実際に、恋愛というものがまだわからなかった。高校時代はそれなりに楽しかったが、家事を覚えるのに必死で放課後はとても友人たちとの時間は取れなかった。父に認めてもらいたくて受験勉強に明け暮れ、恋愛に気持ちが向かなかったのもある。  大学に入り落ち着いてきたので、これからは少し余裕ができる。そろそろ恋愛をしてみたいと思っていたところだった。 「僕はまだ誰とも付き合ったことないんだ。健吾は逞しくて、お父さんに似てかっこいいからモテそうだね?」 「じゃあ、童貞? それともヤルだけの女はいるの?」  いきなり雄というような会話になり、潤は慌てた。  義兄弟とはいえ、二人でこういった性的な話を一切したことがなかった。実際に潤がまだそういうことをそれほど意識する前に、二人には日本とアメリカという距離ができてしまった。そういった悩みは義父や友人に話すだけで、健吾と話す感覚を持ち合わせていない潤は戸惑うだけだった。 「え!? やめてよ、そ、そうに決まっているじゃん。僕は付き合っていない人とはそういうことは出来ないし」 「そうか」  健吾はニヤっと笑い、潤の隣に腰を掛けると、ふいに頭を撫でる。潤はその手を振り払った。 「ちょ、バカにしてるでしょ!」  大きな手で潤の頭に手を置く。健吾は微笑ましいいという顔で言った。 「してないよ、安心しただけ」 「安心?」 「そう、俺の潤はまだ誰にも汚されていないんだって」  久しぶりに見る健吾は大人の男の色気もあり、潤はドキドキしてしまった。それを意識しないように、潤は話題を変える。 「なにそれ。ねぇそれより帰ってきたんだからさ、今度一緒にどこか出かけようよ!」 「そうだね、そうしようか」  健吾とまた一緒に過ごせると思い上機嫌になって自分の部屋に戻ると、潤はカレンダーを見て週末を楽しみに数えた。
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